アイドルたちは九〇年代の夢を見るか
※以下の文章は、 『風狂通信vol.1』掲載の拙文「アイドルたちは九〇年代の夢を見るか」をブログ記事用に改稿したものです。
90s Kids Never Die
今年二月、突然のメンバー脱退とプロデューサーとの契約終了が発表され、話題となったアイドルラップグループ・ライムベリー。彼女たちはその発表のちょうど一年前、「ウインタージャム」というシングルをリリースしていた。プロデューサーのE TICKET PRODUCTIONこと桑島由一による楽曲は、九〇年代の日本語ラップやテクノに対するリスペクトに溢れており、表題曲もその名のとおり、スチャダラパーの名曲「サマージャム’95」へのオマージュが捧げられた楽曲となっている。
ライムベリー - ウィンタージャム(sample) - YouTube
これは一例に過ぎないが、現在のアイドルシーンの音楽は、九〇年代と直接的に接続しているように思われる。それは前述の桑島由一がそうであるように、作り手が九〇年代の音楽に影響を受けている場合もあれば、九〇年代に実際に活動していたプレイヤーが楽曲を提供したりプロデュースしたりしている場合もあるだろう。あるいはまた、東京パフォーマンスドールのように、九〇年代に活動していたグループが新たにオーディションを行なって同名で復活し、ライブ等で過去の楽曲を披露しているというケースもある。いずれにせよ、アイドル戦国時代に数多のアイドルが登場し、それだけアイドルの楽曲が必要になったからこそ、アイドルをプラットフォームとして、九〇年代リバイバル的なごった煮状況が現れたのだ。
たとえばNegicco。彼女たちのサウンド・プロデュースを手掛けるconnieは、Negiccoが一昨年結成十周年を迎えるにあたり、自らが影響を受けたというノーナ・リーヴスの西寺郷太や元ピチカート・ファイヴの小西康陽に楽曲の提供とプロデュースを要望し、「愛のタワー・オブ・ラヴ」「ときめきのヘッドライナー」(西寺)、「アイドルばかり聴かないで」(小西)が発表された。昨年も、「トリプル!WONDERLAND」を元Cymbalsの矢野博康が、次いで「サンシャイン日本海」をORIGINAL LOVEの田島貴男が、それぞれプロデュースと作詞作曲を担当しており、いわゆる渋谷系人脈の名前が続いている。今年8月にリリースした新曲「ねぇバーディア」は、レキシの池田貴史(元SUPER BUTTER DOG)作曲だ。
Negicco / アイドルばかり聴かないで MV(full ver.) - YouTube
ちなみに、同じく元Cymbalsの沖井礼二は、やはりアイドルグループ・さくら学院バトン部 Twinklestarsなどに楽曲提供を行なっている(「Dear Mr.Socrates」等)。
渋谷系つながりでいえば、なんといってもでんぱ組.incであろう。1stアルバム『ねぇきいて?宇宙を救うのは、きっとお寿司…ではなく、でんぱ組.inc!』収録の「くちづけキボンヌ」と、「W.W.D」との両A面シングル「冬へと走り出すお!」は、どちらも作詞にかせきさいだぁ、作曲・編曲にヒックスヴィル(元ロッテンハッツ)の木暮晋也が起用されている。特に後者は、タイトルや歌詞からして、かせきさいだぁ「冬へと走りだそう」に対するセルフオマージュであることは明らかだ。でんぱ組はそれ以前にも、小沢健二の「強い気持ち・強い愛」をカバーしており(プロデューサーの福嶋麻衣子とメンバーの夢眠ねむがともにオザケン好きであったことによるらしい)、アイドルシーンと渋谷系音楽のリンクがはっきりと示されている。
【世界初かも!?】でんぱ組.inc「冬へと走りだすお!」Full ver. - YouTube
でんぱ組.inc「強い気持ち・強い愛」Music Clip Short ver. - YouTube
渋谷系の文脈においては、カジヒデキの名前も外せない。バニラビーンズの四枚目のシングル「LOVE&HATE」では作詞を、八枚目のシングル「マスカット・スロープ・ラブ」では作詞作曲プロデュースを手掛けているほか、でんぱ組にも九枚目シングル「サクラあっぱれーしょん」のカップリングとして「ファンシーほっぺ♡ウ・フ・フ」を提供している(作詞はかせきさいだぁ)。
バニラビーンズ / マスカット・スロープ・ラブ (MV) - YouTube
渋谷系だけでなく、九〇年代後半に大きく盛りあがったメロコア、スカパンク、ミクスチャー・ロックといったバンドシーンの面々からも、アイドルへの楽曲提供は行なわれている。
昨年七月に横浜アリーナでのコンサートをもって解散したBiSには、たとえばHi-STANDARDの難波章浩(「Hi」)、kemuriの津田紀昭(「MURA-MURA」)、それにTHE MAD CAPSULE MARKETSの上田剛士(「STUPiG」)などが楽曲提供・プロデュースをしている。
BiS / "Hi (Special Edit)" Music Video - YouTube
ベイビーレイズの場合、SEX MACHINEGUNSのANCHANG(「S.O.K.」)やBACK DROP BOMBの寿千寿(「トゥゲザー! トゥゲザー! トゥゲザー!」)、SOPHIAの都啓一(「最上級!!」)にSNAIL RAMPのTAKEMURA(「GET OVER NIGHT」)、Hawaiian6の安野勇太(「新しい世界」)など、楽曲提供者は多岐に渡っている。
ベイビーレイズ live 「トゥゲザートゥゲザートゥゲザー」 - YouTube
ここに並んでいる名前だけ見れば、二〇〇〇年前後の『ROCKIN'ON』の誌面のようだ。九〇年代デビュー組に限らなければ、さらに多くのアーティストの名前が挙げられ、この二組に関しては特にプラットフォームとしての存在感が大きいように感じられる。
ところで、BiSは解散するにあたって「日本ヱヴィゾリ化計画」という企画を行なっていた。彼女たちの代表曲「nerve」と、そのサビの部分の象徴的な振り付け“エヴィゾリ”を、BiS解散後もアイドル文化遺産として後世に残していくことを目的としたものだ。この企画には一般のファンだけでなく、東京女子流やDorothy Little Happyなどのアイドルから、非常階段や忘れらんねえよ、kemuriの津田紀昭や凛として時雨のピエール中野、果ては電撃ネットワークや西島大介まで参加しており、単なるフォーマットとしてではなく、プラットフォームそれ自体の力、コンテンツの強さというものを感じた。
前述の企画にも参加し、BiS同様、非常階段とのコラボでも話題になったゆるめるモ!の楽曲は、その多くをプロデューサーである田家大知が手掛けてきたが、今年の三月に発売された二枚目のシングル「Hamidasumo!」では、POLYSICSのハヤシヒロユキが作詞作曲を行なっている。プロデューサーの田家のかねてからの熱望で、このコラボが実現する運びとなったらしい。
ゆるめるモ! "Hamidasumo!" (Official Music Video) - YouTube
東京女子流の「Say long goodbye」の作曲を手掛けるコモリタミノルは、以前は小森田実名義で活動し、様々なアーティストに楽曲を提供してきた人物である。その活動のなかでは、SMAPへの曲提供がもっとも有名であろう。九〇年代には「SHAKE」、「ダイナマイト」、「たいせつ」の三曲を、二〇〇〇年代になってからも「らいおんハート」や「BANG! BANG! バカンス!」などを手掛けている。近年では、チームしゃちほこの五枚目のシングル「愛の地球祭」などもコモリの手によるものだ(ちなみに、「愛の地球祭」のカップリング「尾張の華」のアレンジャーは元電気グルーヴのCMJK)。
東京女子流 / 渾身のバラード"Say long goodbye"MV+SPOT - YouTube
スターダストプロモーションつながりで、私立恵比寿中学の七枚目のシングル「ハイタテキ!」は、元JUDY AND MARRYのTAKUYAがサウンドプロデュースを務めている。TAKUYAといえば、昨年三月に活動終了したおはガールちゅ!ちゅ!ちゅ!の楽曲のプロデュースも手掛けていた。TAKUYAいわく、おはガールちゅ!ちゅ!ちゅ!の2ndシングル「こいしょ!!!」について、知り合いからは「「僕らが求め続けてたアイドルソングの答えは『こいしょ!!!』です」と力説された」という。
私立恵比寿中学 「ハイタテキ!」Music Video - YouTube
Dorothy Little Happyは、JIGGER'S SONの坂本サトルプロデュースで彼のレーベルからデビューしている。坂本はバンド休止後の一九九九年からソロで引き語りの活動をはじめ、「天使達の歌」が口コミで広まってスマッシュヒットを記録したが、果たして世間ではどの程度記憶されているだろうか。当時は埋もれてしまったものの、そのメロディメーカーとしてのセンスは、アイドルブームとドロシーの活躍によってふたたび注目されることとなった。ちなみに今年の7月、ドロシーはメンバーが3人一挙に卒業し、現在は2人組アイドルとして活動している。卒業した3人は、ドロシーの派生ユニットであったcallmeの活動に専念するという。
ドロシーのように全楽曲を同一人物がプロデュースしているケースとして、ほかにはたとえば声優アイドルユニットのワンリルキスがある。プロデューサーはサニーデイ・サービスの田中貴。作詞作曲は、同じくサニーデイの曽我部恵一や、サポートメンバーの細野しんいち、中村一義、ノーナ・リーヴスの西寺郷太などが行なっている。
さて、以下は駆け足で。
元PEPPERLAND ORANGEの佐久間誠は、Buono!やpalet、渡り廊下走り隊などの楽曲の編曲者として活躍している。pal@popこと高野健一は、ノースリーブスやバクステ外神田一丁目などに楽曲提供・プロデュースをしている。元スィートショップの近藤薫は、バンド解散後、AKB48をはじめ様々なアーティストに楽曲を提供しており、たとえば柏木由紀の二枚目のソロシングル「Birthday wedding」なども近藤の作曲だ。
柏木由紀 / Birthday wedding - YouTube
最後に、AKB関連の楽曲のなかで、もっとも明確に九〇年代との接続を意識しているのは、二〇一三年一月にノースリーブスがリリースした九枚目のシングル「キリギリス人」であるに違いない。表題曲こそゴールデンボンバー鬼龍院翔の作曲だが、カップリングで入っているソロ曲の提供者はそれぞれ、小嶋陽菜の「MY SHINING STARS」が電気グルーヴの石野卓球、高橋みなみの「ふと思うコト」が小室哲哉、峯岸みなみの「君に恋をした」が川本真琴で、まさにザ・九〇年代といった並びである。同年にはまた、AKB本体で「恋するフォーチュンクッキー」が発表され、売り上げだけでなく世間への浸透度からしても、大ヒットと呼べる結果を残した。そして「恋チュン」は、正調ディスコチューンの系譜のなかで渋谷系ともリンクする。
【MV】恋するフォーチュンクッキー / AKB48[公式] - YouTube
AKBの今年の総選挙選抜曲「ハロウィン・ナイト」は、再び「恋チュン」と同じ路線のディスコナンバーだ。現在の音楽シーンを考える上で、アイドルと九〇年代の結びつきは、ますます重要な意味をもってくるのではないだろうか。
(秋好)