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「華文推理作家の出来るまで」陸秋槎氏トークショーレポート【補完版】

「ミステリが読みたい!」海外編五位をはじめ、各誌ランキングを賑わせた話題作『元年春之祭』。作者の陸秋槎氏を招いてワセダミステリ・クラブ風狂奇談倶楽部が18年12月21日に開催したトークショーイベントでは、作家としての自身と『元年春之祭』のルーツとなった作品たちへの思いが語られた。(聞き手=稲村文吾/文・構成=白樺香澄)

 

※本稿は、『ハヤカワミステリマガジン』19年3月号「華文ミステリ特集」に掲載された同イベントのレポートの加筆・補完版です。

 

■アニメ・ゲームで知った日本ミステリ

――陸さんが初めて触れた日本の文学作品はなんでしたか?

陸 原田康子先生の『挽歌』だと思います。小学六年生の時、クラスメイトの文学少女がお勧めだと言って貸してくれたのですが、読んでみると十代の少女が妻帯者の中年男性と不倫関係に陥って、その奥さんが自殺するという凄い話で……、どうしてあの子が勧めてくれたのか分からない(笑)。親御さんの本を片端から読んでいるという子だったので、偶然読んだのでしょうね。

――小学生で不倫の話ですか(笑)。小さい頃から本を読むのは好きだったんですか?

 本を読むようになったのは、その友達の影響が大きかったですね。今思えば、あの子のことが好きだったんでしょうね。学年が上がるにつれて、あまり交流はなくなってしまったのですが。
 子供の頃に、ほかに日本文学に触れた経験というと、テレビで観た映画を通じて知った作家があります。川端康成の『伊豆の踊子』、谷崎潤一郎の『春琴抄』、松本清張の『霧の旗』といった作品は映画の印象が強いですね。私が観た映画版には、いずれも山口百恵さんが出演していました。

 

――ミステリだと、最初に読んだ作品はなんですか?


陸 厳密に“最初に”といえばホームズや、ポーの諸作になりますが、これらはどちらかというと子供の頃に「古典の名作文学」として触れた作品であって、「ミステリ」というジャンルを意識したきっかけは、中高時代によく観ていた『金田一少年の事件簿』や『スパイラル~推理の絆~』といったアニメかも知れません。
 当時はライトノベルもよく読んでいました。『キノの旅』シリーズが好きでしたね。確か、西尾維新先生の戯言シリーズが出始めたのもその頃だったはずです。初期の数冊を読んで友人に勧めたのですが、「西尾維新なんて作家、聞いたこともない」と言われてしまいました。今では考えられませんね。
 今は、有名作品はなんでも簡体字版で読むことができますが、あの頃はまだ台湾で出版されていた繁体字版を探すしかありませんでした。

――二〇〇〇年代のことですね。戯言シリーズは第一作『クビキリサイクル』がメフィスト賞を受賞し、「新本格」の系譜で語られることも多いですが、「ミステリとして」読んでらしたんですか?


陸 「ミステリを読んでいる」という意識はまだありませんでしたね。
 そして大学に入ってから、京極夏彦先生の『魍魎の匣』を、アニメ化をきっかけに知りました。それから『殻ノ少女』という美少女ゲームがあるのですが(客席から「ああ……」と深く頷くような溜息が漏れる)、「パクリ」だと騒がれるほど、明確に京極作品の影響下にある作品で、それを通じて興味を持ったというのも大きいですね。

 

――『元年春之祭』に影響を与えた作家として、麻耶雄嵩三津田信三とともに名前の挙がる京極夏彦ですが、そのきっかけの一つが美少女ゲーム作品だったとは驚きです。
 陸さんの中高時代について、もう少し聞かせてください。陸さんの作品には、同名主人公である高校生の陸秋槎が、校内で雑誌を作ったり、小説を書いたりといった場面が出てきますが、あれは実際の陸さんの高校時代がモデルなんでしょうか?

 

陸 (作中の)陸秋槎が学校の機関誌を作っているという設定は、実は大学時代に校内新聞の編集員をしていた経験が元になっていて、中高時代にはそういった活動はしていませんでした。
 ただ、そういったことも許されるような、自由な校風の学校だったのは間違いありません。校内に生徒がつくる機関誌もありました。私は北京の出身で、高校も北京だったのですが、都市部の進学校と地方の学校では大きな違いがあるようです。地方の高校は寄宿制のところが多く、朝早くから走り込みをさせられて、夜遅くまで宿題に追われて……「刑務所」なんて呼ぶ人もいます(笑)。
 私自身の話をすれば、受験を控えた高校三年生になっても毎日アニメばかり見ているようなオタクで、まったくモテませんでしたね(笑)。

 

――辛い話になってきてしまったので(笑)大学時代の話も教えてください。中国でミステリ作品の翻訳出版が本格的に進んだのは、陸さんが大学生だった頃ですよね?


陸 そうですね。私が大学二年生だった二〇〇八年から〇九年にかけて、国外のミステリの傑作が次々と出版されました。日本の作品でいえば、いわゆる“四大奇書”や島田荘司先生の諸作などはその時、初めて公式の簡体字版が出たのです。だからその頃、中国の本好きはみんなミステリを読み始めました。私も半年で百冊以上は読んだと思います。私が在学していた復旦大学推理小説研究会ができたのもこの頃です。

 

――推理小説研究会ではどんな活動をされていたのでしょうか?

陸 ミステリの歴史などに関する勉強会や、他の大学の推理小説サークルと合同での創作のコンテストなどをおこなっていました。犯人当ての推理劇を上演したこともありましたね。私も、犯人当て小説を発表したことがありましたが、私の犯人当ては大体、変な叙述トリックが仕掛けてあるので仲間からはバッシングを受けました(笑)。

 

――初めて小説を投稿したのもその頃ですか?


陸 そうですね。初めてミステリ雑誌に投稿したのは大学二年の時でした。ただ、中高時代から小説は書いていました。その頃は、ジャンルでいえば純文学にカテゴライズされるような青春小説が主でした。

 

――その頃の憧れの作家は誰でしたか?


陸 ドストエフスキーは好きでしたね。あとはヴァージニア・ウルフ三島由紀夫の影響も強く受けていると思います。ただ、そういった作家に憧れて書いた作品はあまりに“偉そう”すぎたのか、投稿しても一度も掲載されませんでしたね。「あ、今求められているのはこっちじゃないんだ」と大学時代に気づいたんです。そこから、創作でもミステリに傾倒していきました。

 

――陸さんの中国での最新長編『桜草忌』は、ミステリ色が比較的薄い、青春小説ですよね。


陸 そうですね。本格ではない、青春ミステリとして描きました。芦沢央先生の『今だけのあの子』を読んで、ふと浮かんだイメージがきっかけで生まれた作品なのですが、のちに芦沢先生に、『桜草忌』とあらすじが似ている別の作品(『罪の余白』)があることを知り、驚きました。展開はまったく違うんですけどね。
 『桜草忌』には、文学雑誌へ小説を投稿している少女が登場します。彼女をめぐる描写には、当時、何度雑誌に投稿しても落とされたことへの復讐も織り込まれています(笑)。

 

■百合の面白さは「過剰な感情と関係性」

 

――推理小説研究会時代は、どんなサークル員だったんですか?

陸 今思うと私はサークルで、あまり良い会員ではありませんでした。ブームがきっかけで発足した推理小説研究会でしたから、他のメンバーには「『名探偵コナン』が好き!」くらいのライトなファンも多かったので、「この中で誰よりミステリをわかっているのは自分だ」という自負があり、かなり偉そうにふるまっていたんです。……若かったなぁ、と思いますね(笑)。

 私は、ツイッターアカウントのアイコンに『ラブライブ!』のエリーチカ(絢瀬絵里)というキャラクターの画像を使っているのですが、あの子も最初は他の人のダンスを「素人にしか見えない」と酷評し周りに壁を作っているようなキャラだったのが、μ'sに加入してからは誰よりも頑張るメンバーになりました。エリーチカに出会って「これは私の物語だ……」と強く感じてアイコンにしています。

 

――『ラブライブ!』の話が出たので、陸さんの「百合」へのこだわりについても聞かせてください。陸作品には、思春期の少女同士の関係性を描くことを重視したものが多いですが、そうした面で影響を受けた作品について教えてください。


陸 元々、アニメが好きで中高時代は新作をなんでも観ていたのですが、やがて自分が好きになる作品に共通した傾向があることが分かってきまして、「ああ、これが百合なんですね」と。
 初めて百合に触れた作品は『ノワール』でした。同作の真下耕一監督は他にも、良い百合アニメをたくさん手掛けられています。それから高校生の頃、『マリア様がみてる』や『舞-HiME』、『Strawberry Panic』といった作品がけん引する「百合アニメブーム」に直撃され、それらにハマって今の私になりました。
 百合の面白さは「人間関係」の面白さだと思います。学園のような、閉じられた狭い世界の中だからこそ、互いに対して過剰になってしまう感情のぶつかり合いに惹かれます。

 

――『元年春之祭』も、山奥に隠遁する祭祀者一族という「閉じられた」舞台での少女たちの関係性が描きこまれた作品ですよね。


陸 歴史上、“女性の世界” は“男性の世界”に比べて、常に狭い中に閉じ込められてきましたよね。端的に言えば「家」ですが。時代小説として、そうした世界に生きる女性を描く以上、百合と形容されるような人間関係の物語になるのは必然でした。

 

――陸作品には、その「閉じられた」世界から旅立とうとする少女がしばしば描かれます。


陸 米澤穂信先生が以前、「青春以前小説」という言葉で自作を語っていました(『小説すばる』二〇〇六年一一月号「著者に聞く!」)。青春小説を「自分探しの旅」を描いた小説と定義し、「まだ旅立っていない、旅立つことをこれから決断する」時期を描いた小説を青春以前小説と呼んだのです。『元年春之祭』も、青春以前小説といえるでしょう。作中の二人の少女の青春はまさに物語の終了時から始まるのです。

 

――於陵葵と観露申の「旅立ち以降」を描く第二作の予定はないのでしょうか?


陸 構想はあります。でも、バカミスです(笑)。今作以上にとんでもない犯行動機を描くことになるので、これを今、発表してしまうと小説家生命を絶たれてしまうんじゃないかと思います(笑)。

 

■雑誌縮小でも新たな新人発掘の道探る中国ミステリ界

 

――今後は、どんな作品を発表予定ですか?


陸 来年、今まで雑誌に発表してきた『文学少女対数学少女』シリーズの連作をまとめた短編集が刊行予定です。最近は、長編より短編を書きたい思いが高まっています。ずっと、「本格ミステリ」を壊してやりたいという気持ちがあって、それができる実験的な作品を書くなら、短編の方が向いていると感じているためです。

 

――日本でも刊行が待たれる『文学少女対数学少女』シリーズですが、タイトルは麻耶雄嵩先生の『貴族探偵対女探偵』から取られたそうですね。


陸 はい。内容は、『メルカトルかく語りき』をかなり意識しています。「収束」や「答えのない絵本」のような、数学的な考え方をミステリに持ち込む作品を書きたいと思ったのです。

 

――麻耶作品でいえば、『元年春之祭』は『隻眼の少女』の影響下にあるとあとがきに書かれていましたね。もしや「於陵葵」という名前は「御陵みかげ」が元ネタですか?

陸 もちろんです。中国語では「於陵 Yúlíng」「御陵 Yùlíng」はほぼ発音が同じなんです。実はこの名前は、友人と徹夜で討論して決めたものです。ちなみに、「於陵」という姓は古代中国に実在します。
 「葵」は、元々“アオイ”という響きが気に入っていて、『無限のリヴァイアス』の「蓬仙あおい」や『藍より青し』の「桜庭葵」など複数のアニメキャラクターから取ったものです。それに合わせ、露申をはじめ作中の女性キャラクターの名前はいずれも『楚辞』に登場する植物から名付けました。
 草かんむりの漢字が名前に付いていると、中国では女性的な印象になります。他にも玉へんや女へんが付く漢字も女性の名前というイメージですね。「冬の喜劇」などに登場する、陸秋槎のルームメイトの女の子に「姝琳」という名前を付けたのは、彼女の名前を女性的なものにすることで、作者と性別が違う「陸秋槎」も女性だとすぐわかってもらうためでした。

 

――最後に、中国のミステリ業界の最新の動向についても教えていただけますか? 先日、『歳月・推理』誌(中国で最も有名な推理小説専門雑誌。積極的に短編の投稿を受け付けており、新人賞も主催するなど推理作家の登竜門とされる)が電子版に完全移行し、紙版が廃止になるというニュースが入ってきました。ここ数年、推理小説誌の廃刊が相次いでいるという話も聞こえてきます。


陸 中国では雑誌と一般書籍で流通経路から異なり、雑誌は書店にはほとんど置かれず、街中の書報亭(新聞や雑誌を販売する小型店舗。キオスク)で購入するのですが、最近は書報亭の数自体が減っているので雑誌の市場も縮小しています。『推理』誌もこのまま廃刊になり、若い作家が世に出るチャンスがまた減ってしまうのでは、と心配する人もいますが、私の見立てでは、『推理』の版元は一般書籍の出版会社に転身し、別の形で新人の発掘を続けるのではないかと思います。
同社は、何人もの若い推理作家と版権に関する契約を結んでいます。『推理』に関わっている人たちには以前から、書籍を出したいという思いがあったようです。別の出版会社から、国内のサスペンス・ミステリの秀作を集めたアンソロジーが毎年、刊行されているのですが、今年のアンソロジーには未発表新作が複数、収録されました。今後、こうしたアンソロジーが新たな作家の登竜門となるかもしれません。

 

――中国には、民営の出版会社と国営の出版社の二種類があるそうですね。


陸 中国政府は、出版に必要となるISBNとCIPの二つのコードを国営出版社に向けてしか発行しておらず、民間の出版会社が書籍を出す際には、個別に一件数万元を支払ってコードを購入しなければなりません。民間の出版会社にとっては不利な条件です。だからこそ、民間出版会社は営業に力を入れ、また「売れるものしか出さない」傾向が強く、ジャンル小説は海外のものが主力となっています。残念ながらあまり売れない国内の本格ミステリは、国営出版社からの出版が主であり、営業力ではなかなか敵いません。結果として、中国の読者に対するアピールも上手くできていない現状があります。
 また、国内のミステリ市場が盛り上がらない理由としては、映像化が難しい点も挙げられます。
中国では小説の映像化が盛んで、原作料は非常に高額です。これは噂ですが、SFの『三体』シリーズには、一億元以上という値が付いたと言われています。だから、作家はみんな映像化を目指して小説を書きます。
 しかし中国では、映像作品には厳しい検閲があります。そのため、制作会社では「引っかかる可能性がある作品」は最初から検討の対象にしません。多くのミステリ作品は「引っかかる可能性がある」とみなされています。
 例えばこんなパラドックスがあります。刑事を主人公にした映画は警察方面からの検閲も加わり、「警察の描き方に問題がある」と見做されれば公開できません。だからと言って、素人探偵を主人公にすると「なぜ警察が事件を解決しないんだ」と言われてしまいます。

 

――刑事事件が起こらない「日常の謎」のような作品でも難しいのでしょうか? 中国でも米澤穂信先生の『氷菓』は人気だったと聞いています。


陸 氷菓』はアニメがヒットしましたが、中国では「日常の謎」はあまりジャンルとして人気がありません。中国のミステリファンは、政治的な内容を含むものや、殺人や暴力が描かれるもの、そして大掛かりな物理トリックを好む人が多いようです。
 ところで中国の映画業界も最近、色々な問題が発覚して大変なようです。皆さん、ネットで調べてみましょう(笑)。

 

――不穏な投げかけで終わってしまいましたが(笑)、今日はありがとうございました。