風狂通信web

風狂奇談倶楽部の活動記録や雑考など

推理クイズ小説『死者の晩餐会』

というわけで推理クイズ小説本編です。

『死者の晩餐会』

 

 黄川田智(きかわだ・とも)は、書斎の床に仰向けに倒れた久堂汀青(くどう・ていせい)の死体を見下ろしていた。

 久堂の首を絞めた時の感触が両手に戻ってくる。

 死体の首に深く食い込んでいるスカーフは、黄川田のものだった。昨年、久堂の還暦の祝いで特注した、赤い綾織りのスカーフ。今夜、この久堂邸に招待されている「久堂汀青を囲む会」のメンバー全員が所持しているので、死体に残った凶器の痕跡から即座に犯人が特定されることはないはずだ。

 黄川田は久堂の命を奪ったスカーフを死体から取り除いてスラックスのポケットにしまい、それから書斎を見渡した。デスクの上に置いた携帯電話を見つけ、手に取る。携帯にロックはかかっていない。

 黄川田は自身の携帯から、久堂のアドレスから送信された「話があるから会が始まる前に1人で書斎まで来い」という旨のメールを削除し、久堂の携帯の送信履歴からも消した。無論、警察が黄川田に目を付け、通信会社の履歴を当たればすぐに無意味になる工作ではある。

 投資にしくじって膨れあがった借金を穴埋めするため、近々、香港のコングロマリットから買収を受けると酒の席で聞いていた業務提携先の株を買った。弁明しようのないインサイダー取引。彼は全てを調べ上げていた。さすが、探偵小説家からノンフィクションライターに転向し、企業スキャンダルをいくつも暴いてきた剛腕だ。全てを明るみに出すと言われては、殺す他なかった。

 黄川田は「クソ……」と一言だけ呟き、書斎を出た。

 

 

******

 

 ラウンジに戻ると、「囲む会」の他のメンバーは既に、顔を揃えていた。

 「遅かったじゃないか」兼白辰巳(かねしろ・たつみ)が縁なし眼鏡の奥の目を細め、非難がましく言う。ミステリの名門・史門出版の文芸部長で、最年長の彼は、妙な自負心があるのか会のリーダーぶった発言が目立つ。

「すいません、担当している新人作家からの電話に対応してまして。今日が連載の締め切りだったんですけど、今朝がたの地震でパソコンが壊れてデータが飛んだなんて言うから嘘付けってどやしつけてやりましたよ」

 人を殺しに行ってましたと言う訳にはいかないので、そう曖昧に笑って最年少者として空いていた下座の席に着く。

「大変ですね、編集者さんは」

 黄川田の隣の席に座る青年が、そう話しかけてきた。マッシュルームカットに明るい藍弁慶のスーツ姿の、腹話術の人形みたいな男だった。

 見覚えのない男だ。月に一度の久堂邸の晩餐会に呼ばれるのは、久堂自らが「希有な繋がり」と呼んで選定した「久堂汀青を囲む会」の会員である業界関係者たちと、久堂の秘書の谷戸辺要(やこべ・かなめ)だけだ。そう言えば今夜は谷戸辺の姿がない。「囲む会」に新メンバーが加入したという話は聞いていないが……。

「あの、まだご挨拶してませんでしたよね?」

 黄川田が水を向けると、男はそこで初めて自分が新参者だと思い出したように、椅子から立ち上がってぺこりと頭を下げた。

「久堂先生よりお招き頂きました、町矢聖一(まちや・せいいち)と申します。」

 桂緋椿(けいひ・つばき)が、「あっ」という顔をして両手を叩いた。

「思い出した、私この人知ってる! うちの局で『防犯対策24時』って番組やった時にコメンテーターで出てくれたよね?」

 良い年して、髪をツーテールに分けてアクシーズのフリルだらけのジャンパースカートを臆面もなく着てくるヤバい女だが、それでもサスペンスドラマのヒットメーカーと呼ばれ、三十代前半でキー局のプロデューサーの椅子に座っているのだから能力は高いのだろう。

「防犯対策の専門家? そりゃぜひお話を伺いたいな」

 先日、車上荒らしにあったばかりの黄川田が応じる。すると町矢はかぶりを振って、

「防犯の専門家という訳ではなくて――私立探偵をやっています」

 黄川田は目を見開いた。

 探偵だと? 確かに、執筆に必要なデータを揃えるために、久堂がそういう人間を使っていることは晩餐会の席上で聞いたことはあったが。なんで今夜に限って……。

 兼白が身を乗り出し、いかにも鷹揚に言う。

「本物の探偵さんにお会いするのは初めてですよ。楽しい夜になりそうだ。……これで全員揃ったようだな。ああ、ちなみに言っておくと今夜は谷戸辺くんは欠席だ。生牡蠣にあたって入院中らしい。女性陣は残念だったな」

 有名男性アイドル事務所出身で、久堂原作のドラマで端役を演ったことから目に留まり、久堂の個人秘書に抜擢された谷戸辺は、ちょっとびっくりするようなイケメンだ。

 ところで久堂が同性愛者であることは、あまりにも広く知られすぎていてもはや週刊誌ネタにもならない。

「わざわざ教えてもらわなくても先生から聞いています」

 桂緋が冷たく言う。彼女が谷戸辺を、久堂の秘書になる前から「狙って」いたことも周知の事実だ。それを当てこすられたと思ったのだろう。

「けーひさん、そんなカリカリしなくても」

 黄川田は隣の桂緋の肩を叩き、取りなすように言う。

「つばき、お前に言った訳じゃない」兼白は皮肉るように付け加えた。

 町矢は、ラウンジに据え付けられた柱時計を見やった。「先生、いらっしゃいませんね。晩餐会はいつも7時から始まるのでしょう?」

 時計は7時15分を指していた。その時、階上から悲鳴が聞こえた。晩餐会のために呼ばれている料理人の榛名馬恵(はるなば・めぐみ)の声だった。

 

 一同で二階に上がると、顔を蒼白にした榛名馬が、書斎のドアが開けられた前に立っていた。「し……し……っ!」部屋の中を指さす右手が震えている。

 久堂の死体を前にした招待客たちの反応は、意外なほど冷静なものだった。さすが、犯罪をメシの種にしてきた人間の集まりだけある。

 町矢が、死体の右手首を取って速やかに脈がないことを確認し、指先の死後硬直を計って「亡くなって30分ってところか……」と呟くように言った。

 兼白が、右壁のウォークインクローゼットの扉をがららっ、と音を立てて開けた。覗いても、特に中に何があるという訳でもない。

「何やってんの?」振り向いた桂緋に訊かれ、兼白はばつ悪そうに、

「扉が少し開きかけていたから、犯人が中に隠れてるんじゃないかと思ってな」

 黄川田はため息をつく。

「そこの戸、立て付けが悪くて閉まらないみたいなんですよ」

 教えてやると、史門出版の文芸部長はいよいよ肩をすくめた。

 黄川田は町矢の方に向き直り、解りきったことを訊ねる。「それで、先生の死因は?」

「頸部圧迫による窒息……いわゆる絞殺ですね。索条痕に、独特の織り目のようなものが目視できますから、凶器はロープのようなものでなく、例えば……」

 町矢は、黄川田が襟元に巻いた「囲む会」のスカーフを指さした。

「このようなデザイン性の高い装飾品と考えられます」

「ちょっと待ってよ!」桂緋が語気を荒げる。

「もしかしてアンタ、私たちを疑ってるわけ?」

 町矢は外国映画の登場人物のように両手を広げて見せた。

「そうは言っていませんが……その可能性は高いかも知れませんね。久堂先生は職業柄、自身の命や原稿が狙われることを怖れていました。外部につながるドアと窓には、全て警報装置が設置されていますし、二つある出入り口――玄関と勝手口には24時間警備会社が遠隔モニタリングする防犯カメラもついています。皆さんのように正式に招待された方以外がこの屋敷に入るのは、非常に難しいと思いますよ?」

「ふざけるなよ、じゃあ何か? 俺、兼白さん、けーひさん、こん中の誰かが犯人だって言うのかよ」

 黄川田が虚勢を張るように言ったが、その声は震えていた。

 兼白は腕を組み、唸った。

「探偵さん、キミはさっき死亡推定時刻を30分前とか言っていたね。つまり6時45分前後だ。ラウンジに全員が集まるより前は、それぞれトイレやら電話やら、10分やそこら離席したことは一度ならずあったはずだ。誰も目の届かないキッチンに1人で居た榛名馬くんを含めて、アリバイは誰にもない」

 誰も、その言葉に反論は出来なかった。

「無論、私は今夜、ここに来てからこの書斎に足を踏み入れてすらいないがね」

 兼白が付け加えた。

「私だって、二階に上がってもいません」

 それに同調して、さらりと嘘をつく。

「俺ももちろん書斎になんか行ってませんよ」

「――ひとつ、気になることがあるんです」

町矢は、そう言うと書斎に集まった一同の顔を見回し、人差し指をぴん、と立てた。

「ひょっとしたら、犯人が解ったかもしれません」

  

問題:

これは何を当てさせることを目的とした推理クイズでしょう?

問われている内容を推理した上で、その回答となる「モノ」を答えて下さい。