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ジョルジュ・ペレック『53日間』について(秋好亮平「ジョルジュ・ペレックと後期クイーン的問題」拾遺)

秋好です。

半年もブログを放置していきなり宣伝ですが、探偵小説研究会『CRITICA』第12号の特集「新本格の30年、社会派の60年」に評論「〈新本格〉という病」を寄稿しました。

巻頭の「新本格三十周年ふりかえり座談会」にも参加しています。

「CRITICA」:探偵小説研究会

http://www.geocities.co.jp/tanteishosetu_kenkyukai/critica.htm

「CRITICA」第12号 目次

http://www.geocities.co.jp/tanteishosetu_kenkyukai/critica_12.html

夏コミ2日目(8/12)に頒布しています。
スペースは東3キ05bです。

で、「〈新本格〉という病」についてはまたいずれ記事にするとして、実は秋好は前号の『CRITICA』にも「ジョルジュ・ペレックと後期クイーン的問題」という論考を載せていただいているのですが、今回はそちらの紹介というか、そこで触れなかった点について落穂拾い的に補足したいと思います。

53日間について

さて、「ジョルジュ・ペレックと後期クイーン的問題」は、題目どおり、フランスの小説家であるジョルジュ・ペレックの作品を探偵小説として読むことで、現代本格ミステリにおける後期クイーン的問題への新たな対応策を示す、というのがその論旨です。まだ後期クイーン的問題とか言っているのかと呆れられそうですけど、それはさておき、そこではペレックの遺作となった未完の長編『53日間』を中心的に扱っています。

日本で『53日間』を紹介している文章としては、福田育弘「ペレックの探偵小説を探偵する」(『ふらんす』65)や若島正『殺しの時間 乱視読者のミステリ散歩』、そして殊能将之のreading diary(『殊能将之読書日記 2000-2009』)などがありますが、拙稿以上に詳しく内容を紹介したものは恐らくないでしょう。なにせ、物語の筋や犯人をほとんど明かしてしまっているのだから(無論、必要あってのことですが)。とはいえ、すべてを説明してしまったかといえば、そんなことはまったくないですし、もとより『煙滅』や『人生使用法』の著者の作品に関して、物語の筋を追うくらいで説明し尽くせるわけがありません。

※以下、『53日間』の部分的なネタバレを含むので、将来的に読む可能性のある人はご注意ください!

 『殊能将之読書日記』2006年7月26日に、次のような記述があります。

ベッドに横になり、ジョルジュ・ペレック『「五十三日間」』の草稿部分をぱらぱら拾い読み。断片的なメモばかりなので、読みやすくはないし、たいしておもしろくもない……。
と思っていたら、「Notes on the Drafted Chapters」(タイプ原稿への自注)に呆然となった。こういうネタであることは作中に明示されているのだが、ここまで綿密かつパラノイアックにやってるとは思わなかった。まさかスティーヴン・スピルバーグまでそうだったとは!
ネタバレになるため、あいまいな書き方しかできなくて申しわけない。それなら書かなきゃいいんだけど、あまりに驚いたから書いてしまいました。

わたしはこれから『●●●の●●』(これもネタバレなので書けない)を読みかえすよ。20年ぶり以上なんじゃないかな。

この『●●●の●●』が何か、というのが問題になります。

答えを書いてしまえば、これはスタンダールの『パルムの僧院』です。そもそも“53日間”とは、スタンダールが『パルムの僧院』を書くのに要した時間のことだそうですし、『53日間』のなかにはスタンダールの作品からの引用が無数に見られます(作中でも明記されている)。

例えば、作中の探偵は”Un R est un M qui se P le L de la R”という不思議な文句が書かれた紙切れを発見するのですが、これは『パルムの僧院』内の”Un Roman est un Miroir qui se Promène le Long de la Route”という一節のことであるらしい。他にも、わかりやすいところだと、ある人物のパスポート番号「233184259」という数字は、スタンダールの没年と享年を表しています(1842年3月23日、59歳)。

『53日間』の物語自体、福田育弘の言葉を借りれば「〈読むこと=書くこと〉を主題とした」メタミステリなのですが、作品の形式(というか叙述方法)からして、まさに『パルムの僧院』を読むようにして書かれた小説といえるでしょう。

最後にもうひとつ、殊能センセーが言及しているスピルバーグの件について。

『53日間』の作中には、探偵役の人物が映画雑誌を手に取るシーンがあり、彼はスティーヴン・スピルバーグ監督の『レイダース/失われたアーク』に関する記事に目を通します。ご存知『インディ・ジョーンズ』シリーズの第一作ですが、この映画の劇場公開は1981年で、ペレックが亡くなったのが翌年の1982年のことだから、ペレックは同時代的な話題をすぐさま作中に導入していたことになります。しかし、それ以上に重要なのは、“スピルバーグ”という言葉が『パルムの僧院』にも登場することでしょう。主人公のファブリス・デル・ドンコは、ナポレオン戦争に参加したことでイタリア警察に追われ、“スピルバーグ城塞”で捕虜にされていたのです。「スティーヴン・スピルバーグまでそうだったとは!」とはそういう意味です。

このように、『53日間』には「綿密かつパラノイアック」に、様々な形で“スタンダール”がちりばめられています。これから読む方は、単純に物語を追うのみならず、スタンダール作品を片手に、元ネタ探しをしながら読んでみてはいかがでしょうか。

ところで、邦訳が進んでいるという話はどうなったのかしら?