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風狂奇談倶楽部の活動記録や雑考など

倒叙はじめて物語! ――2015年・新刊倒叙ミステリ勝手に反省会その1【白樺】

 

風狂殺人倶楽部の部室こと学生会館横のサイゼリヤにて。

 

白樺香澄「えーと、きのこのラグースパゲティと半熟卵のミートソースボロニア風、たらこソースシシリー風にほうれん草のクリームスパゲティにキャベツのペペロンチーノ。あっ、全部大盛で。あーもう面倒くさいんでメニューのここからここまで全部お願いします」

 一条薫「こんにちはっ。どなたか団体さんと待ち合わせですか?」

 白樺「あらら、お久しぶりです。えっと、1年生の一条さん……だっけ」

 一条「覚えててくれたんですね!後期クイーン座談会の一発キャラ扱い*1だったのに」

 白樺「しかし、あんなことがあってよく帰って来れたね……」

 一条「そこはそれ、後期クイーン的設定リブートが行われた事にして下さいよ。JJマックはもう居ないんですよ!」

 白樺「まぁ良いけど……それで、今日はどうしたの?」

 一条「白樺先輩、私に倒叙ミステリについて講義して下さいっ!」

 白樺「また何なの、一体」

 一条「私、サークルで友達とケンカしちゃって。その子、2015年の新刊ベストは倒叙もの短編集の掟上今日子の挑戦状だって言うんですよ。今年の一位はノーベル平和賞受賞待ったなしの名著王とサーカスに決まってるじゃないですか!」

 白樺「う、うん……続けて。」

 一条倒叙ものなんて犯人が誰かって驚きもないし、話のバリエーションだって限られてくるし、ぶっちゃけ華がないじゃないですか。そんなのを一位に挙げるなんてどうかしてる、『王とサーカス』の深いメッセージ性が解らない奴は受精から人生やり直した方が良い、って裸に剥いて縛って天井から吊して4時間くらい問い詰めたらその子、泣いちゃって。……ちょっぴり悪いことしちゃったかなと思ったんで、彼女の気持ちを解ってあげたいんです」

 白樺「え、何その全盛期の連合赤軍みたいなやつ。一条ちゃんってサイコパスなの?」

 一「ですから先輩! 倒叙ミステリの面白さを教えて欲しいんです!」

 

 

白樺「そりゃま、倒叙の良さを知りたいってのは嬉しいけどさ。でも私なんか全然、倒叙詳しくないよ。刑事コロンボのDVDだって20往復くらいしかしてないし、ここ三日くらい古畑任三郎も観てないし、三大倒叙*2だって3冊ずつしか持ってないし……」

 一条「先輩こそサイコパスじゃないですか……そもそも、倒叙ミステリって昔からあるジャンルなんですか? 今言った「三大倒叙」ってのがオリジナルなんです?」

 白樺「これは私の勝手な説だけど、倒叙ミステリ〉と呼ばれる小説には、大きく分けて2つの異なる出発点を定めることが出来ると思うの。1つはポーの「黒猫」。」

 一条「あー。確かに、最後に動かぬ証拠が見つかって犯行が露見するのはそれっぽい気がします」

 白樺「犯人の些細なミスや見落としが、思いも寄らない〈意外な証拠〉となってラストで提示される幕切れの鮮やかさ。その『黒猫』のフォーマットを受け継いで、ミステリにおける〈トリック〉にまで昇華させたのが、ヴィカーズの迷宮課シリーズよ」

 一条「迷宮課?渡瀬恒彦ですか

 白樺「あはは、言われてみたら『おみやさん』とか『時効警察』とか『ケイゾク』とか、そういう〈迷宮入りになっちゃった事件再捜査します〉ものの元祖かも。尤も迷宮課の人たちについては作中でそれほど描き込みはされてなくて、犯罪実録ものというか、昔の新聞記事みたいにいったんは迷宮入りになった事件の経緯と犯人像を淡々と書いていくようなタッチなんだけど」

 一条「へええ。でも、そういうプロットって昔からあったんですね」

 白樺「アンソロジーにも何回か採られてる「百万に一つの偶然」とか、今読んでも「おっ」と感心するような〈意外な証拠〉のアイディアが詰まったシリーズで、たぶん日本だと鮎川哲也先生に大きな影響を与えたんじゃないかな?『企画殺人』とかにまとまってる鮎川先生の倒叙短編は大体、〈意外な証拠〉ものだから」

 一条「悪党に最後に決定的証拠を突きつけて「どうだ!」ってスタイルは、なんだか時代劇っぽくて日本人好みな感じがしますもんね」

 白樺「ただしその一方で、〈意外な証拠〉そのもののトリッキーさに眼目が移っちゃったことで、物語に対して〈証拠〉の必然性が薄い作品も少なくないのは残念なところかも。『黒猫』〈意外な証拠〉は、単にビジュアルのインパクトだけじゃなくて、それが犯人の心理にも密接に関わっていることや、〈塗り替えられた壁〉のビジュアル的反復、様々な要素が〈黒猫〉という一点に集約される〈収束性〉がカタルシスを担保してるのよね」

 一条「登場する〈猫〉は、犯人の〈良心〉だという解釈を聞いたことがあります」

 白樺〈埋められた猫〉が、〈抑圧された主人公の心〉の象徴だって考えは、確かにのちに心理学の格好の題材にされるポー作品の読解としてはすごく馴染むね。近代的理性で捉えきれない自分の中の〈無意識〉が、動物の形をとって現れるのは解りやすいし。……そうは言っても「迷宮課」が、「トリックやフーダニットの謎がなくても、〈証拠の意外性〉でミステリは作れる!」って証明したのは十二分にエポックメイキングだけどね」

 一条「あっ、すいません。『掟上今日子』を勧めてきた友達から、倒叙ものの元祖はオースティン・フリーマンの「歌う白骨」って短編だって聞いたことがあるんですけど、それは違うんですか?」

 白樺「あー……。そうだね。まぁ、倒叙者としてのステージが低い輩は、乱歩の解説なんかを鵜呑みにしてそんなトンチキなこと言っちゃう*3んだろうね。まぁ端的に言えば愚☆民だよね」

 一条「そこまで!」

 白樺「ソーンダイクものの短編が目指してたのは、今で言えば「科捜研の女」みたいなところでさ。最新の法医学ってすごいんですよ!ってのがメインなのね。確かにミステリの世界に「最初に犯行が描かれる」話法を持ち込んだ最初期の作品群ではあるけど、なぜそういう形式にしたかって言えば、科学捜査の正確さを担保するために〈別解〉を潰しておきたい……ざっくばらんに今の言葉を使えば、〈後期クイーン的問題〉を回避したかったからなんだよね。だから、現在の倒叙ミステリの本流とは、ちょっと隔たってるんじゃないかなっていうのが私の見解」

 一条「先輩の考える倒叙の本流〉ってのは、どっちかというと「犯人の物語」って側面が強いんですか?犯罪心理サスペンス寄りというか」

 白樺「フリーマンがつまんないって言ってる訳じゃないし、実は私の言う〈倒叙らしい倒叙〉にも、ポッターマック氏の失策という大傑作があったりするんだけど。……「犯人の物語」って話が出たから続けると、その意味でもう1つの倒叙の元祖は、ドストエフスキー罪と罰ね」

 一条「あっ! 聞いたことあります。罪と罰に出てくる刑事がコロンボのキャラの元ネタになったんですよね?」

 白樺ポルフィーリー予審判事ね。人当たりの良い小市民ぶって重ねる多弁に幾つも罠を張ってラスコーリニコフを翻弄した小男。罪と罰はいわば、〈犯人と刑事の対決〉ものの元祖と言えるし、物語のプロットそれ自体を見ても、いわゆる三大倒叙罪と罰の影響を色濃く受けてるのが解る」

 一条「そうなんですか?」

 白樺「三大倒叙の中で最も成立の早い殺意は、虐げられてきた夫が財産家の妻を殺して、若い愛人とくっつこうと企む話でしょ? 金持ちの伯父を殺して遺産を得て、それを資金に恋人と結婚しようとするクロイドン発12時30分、金持ちの伯母を殺して自由を得ようとする伯母殺人事件はそれぞれ『殺意』を前提としたバリエーションで、実はこの3つはみんな同じ話なのよ」

 一条「そっか。罪と罰〈金持ちの老いた女を殺す〉〈若い女と結ばれる〉という二つの要素を不可分のものに書き換えた発展系が、『殺意』であり、三大倒叙なんですね!」

 白樺「そういうこと。そもそも〈自分を抑圧する老いた女を殺そうとして失敗する〉物語って、いかにもドストエフスキー的なテーマを孕んだものでしょ。ほら、日本にも『母国』って言葉があるように、あらゆる言語で〈国〉は女性名詞だから」

 一条「えっと、つまり〈古い母国を打ち倒し、新しい国をつくる〉という暴力革命の思想を否定してるってことですか?」

 白樺江川卓先生が指摘してることだけど、主人公ラスコーリニコフの名前がそもそも体制から異端扱いされた正教会の宗派・ラスコーリニキ(分離派/古儀式派)から取られてるくらいだもんね。――だから、そういったバックボーンを持つ〈古い女を殺し、新しい女と結ばれる〉物語スキーマが時を超えて、戦争によって母国から独立した〈新しい国〉アメリカで復活したのはちょっと面白い現象だと思わない? ま、これはこじつけだけどね」

 一条「なんだか教養臭い話になってきました……眠いんで続きはいったん帰って態勢を立て直してからで良いですか? 七年後くらいに

 白樺「待って、待ってよ! 政治っぽい話はもう終わりにするからさ。とにかく、〈古い女を殺し、新しい女と結ばれる〉物語は、その後も倒叙ミステリの世界に様々なバリエーションを生み出すことになるの。ヒッチコックダイヤルMを廻せ!*4『殺意』に連なる金持ちの奥さんを殺す話だし、アラン・ドロンが主演した太陽がいっぱいは金持ちの友達を殺して未来と恋人を得ようとする話、不遇な青年が金持ちの令嬢と結婚するために邪魔になった恋人を殺す『陽のあたる場所』は、のちのミステリの動機のテンプレにすらなってるね」

  一条「そう言えば、刑事コロンボの第一作『殺人処方箋』も、まんま〈愛人と一緒になるために金持ちの奥さんを殺す〉話でしたよね?」

 白樺「お、よく知ってるね。コロンボの話にもう一つ付け加えると、〈二人目の犠牲者〉プロットも罪と罰の画期的な発明と言えるんじゃないかな?」

 一条「確か罪と罰では、金貸しのババアを殺しに行った先で、ババアの妹さんまで巻き添えで殺しちゃってラスコーリニコフくんはずっとウジウジ悩むんですよね」

 白樺「そう。エンターテイメントとして倒叙の構造を分析すると、物語の中盤までは〈犯行が上手くいくか〉〈どのように警察の追及をかいくぐるか〉でハラハラさせる、読者/視聴者が犯人の側に立ってこそ成り立つサスペンスが見せ場だから、最初の殺人に関しては、作り手も読者の共感を高めるために、犯人の同情すべき境遇や被害者の悪辣さを強調して〈これは殺しても仕方ない〉って誘導するの。でも、そのまま読者が犯人視点のままだと、最後に犯人が捕まるシーンがなんだか後味の悪いものになっちゃうでしょ?」

 一条「確かに、スカッとはしないですよね。なんなら探偵が悪者に見えちゃいそう」

 白樺「そこで有効になるのが〈二人目の犠牲者〉なの。犯人にもう一度、人を殺させて、しかも今度は〈犯行を目撃されたから〉とか、〈犯人だとバレて恐喝されたから〉みたいな短絡的な殺人にすることで〈なんだよこの犯人、ひどい奴じゃん〉と、読者をいったん冷めさせるのよ」

 一条「なるほど!第一の殺人で視聴者に乗ってもらった〈犯人目線〉ってライドから降ろす役割を、第二の殺人が担ってるんですね」

 白樺「そうそう。犯人が罰せられることに正当性を持たせてあげて、かつ一度、読者の視点をフラットにすることで最後の解決シーンを気持ち良く見てもらえるってわけ」

 一条「……でもなんだか話を聞いてると、倒叙ミステリって、コロンボが出てきた時点でちょっと窮屈なくらい〈型〉がしっかり決まっちゃってるんですね」

 白樺「先行作品のあらゆる発明の総決算であり、かつ、何人もの脚本家と演出家が関わってシリーズを重ねていく中で、それらをさらに磨いて独自のフォーマットにまで発展させたのがコロンボだからね」

 一条「独自のフォーマット、ですか?」

 白樺「そう。刑事コロンボの大抵のエピソードは、以下の7項目から構成されてるのね」

 

 ①犯人は社会的に成功した、何らかの分野のスペシャリストである。しかし、その地位を危うくしようとする人物が現れる

②犯人は、その人物を自身の立場や技能を利用したトリックで殺害する。被害者は大抵、事故か自殺に見せかけられる。

③刑事がやって来て、現場の些細な矛盾からこれが謀殺であると見抜き、初対面での言動から速やかに犯人を特定する。

④犯人と刑事の論戦。序盤は犯人が上手く言い逃れたように見えて、その時についた嘘が後で首を絞めるのもパターン。

⑤捜査を進めるうちに、刑事が犯人の意外な過去など「新たな情報」を手に入れる。

⑥恐喝者や邪魔になった共犯者など、刑事以外の「犯人に仇為す人物」が浮上し、多くの場合、犯人はこれを殺害してしまう。

⑦刑事が決定的な証拠を突きつける、あるいは犯人が自滅的な行動に出るよう誘導し、逮捕する。

 

白樺「この基本フォーマットは、コロンボ以降のあらゆる倒叙作品に踏襲されてる。いわば、これを押さえておけば間違いない倒叙ミステリ7箇条〉ってとこかな」

 一条「あー、なんとなく倒叙ミステリってこんな感じなんでしょ」って要素が全部網羅されてる気がします」

 白樺「だから、一条ちゃん最初に倒叙には驚きがない、華がない」って話したじゃない?そう言われた時は本当、私と同じ時代に生まれてきたことを後悔させてやる……虚空を見上げて「おそらがきれいだね」としか言えなくなるような目に遭わせてやる……って内心思ったんだけどさ、」

 一条「? 空が綺麗なのは良い事じゃないですか」

 白樺倒叙ミステリっていうのは、ガッチガチにフォーマットが固まってて、だからこそクリエイターがその枠の中でどんな風に自分の作風と新奇性を見せてくれるのか、ってところを楽しむのが、ファンの楽しみ方なんだよね。だから倒叙ってジャンルとしては、ミステリよりも「サメ映画」とかに近いものなのかもしれない」

 一条「うーん。ってことはやっぱり、倒叙ってジャンル自体にそもそも興味がない人にはどうでも良いような作品ばっかって事ですね!」

 白樺「……あれなんだろう、勝手に手がグーになっちゃうぞ。ねえ一条ちゃん、一発だけぶん殴って良い?」

 一条「やめて下さいよ!後輩の前歯折ったってサイバーパンクの傑作は書けませんよ!

 白樺「誰の話してるんだよ!やめろよ!」

 一条「でも、〈お約束〉が強固にあるからこそ、書き手も燃えるのかもしれませんね。どうやってそれを破ってやろうかって闘志が湧くというk」

 白樺「FUCK!FUCKFUCK!FUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUCK!!!!!!

 一条「びっくりした、なんですか大声出して」

 白樺「そういう、「お約束ってのは破るためにあるんだぜ?」みたいなクリエイター気取りの身の程知らずが一番嫌いなの!〈7箇条〉を上っ面だけ見て、王道がなぜ王道なのかも解らずに「ベタ」を「ベタ」だってだけで馬鹿にするような間抜けが多すぎるのよ!」

 一条「口悪いなコイツ……」

 白樺「サメ映画やゾンビ映画もそうだけど、フォーマットにパワーがあって、誰でも書けるように見えるジャンルって、「こうしとけば良いんだろ?」って程度の志のやっつけ作品や、逆に「俺は〈お約束〉に挑戦するぜ!」って勘違い馬鹿が作った、本来ジャンルが持っているはずの面白ささえ逆に減じてるような作品が乱発されるのが常なのよ」

 一条「ああ。なんかそれは解る気がします」

 店員「お待たせしましたー、メニューのここからここまで、全て大盛ですー」

 白樺「わーいわーい。じゃあ一条ちゃん、私が食べ終わったら講義の第二弾。いよいよこの話をする時が来たわ……〈7箇条〉と対を為す、倒叙ミステリ七つの大罪について!!」

 

To Be Continued……

 

☆☆☆おしらせ☆☆☆

「刑事コロンボかるた」なんてのをやってます。読み札募集中!

*1:ワセミス架空1年生の一条薫ちゃんについてはワセダミステリクラブの同人誌『みすてる7.0』収録「後期クイーンなんて怖くない」を要チェック!(現在入手困難)

*2:アメリカ探偵小説黄金期に発表されたアイルズ『殺意』、クロフツ『クロイドン発12時30分』、ハル『伯母殺人事件』の総称。誰が言い出したかは不明。ところで「長門有希の100冊」でなぜか三作中『クロイドン』だけハブられてるのはゼロ年代最大の謎

*3:コロンボの生みの親、レビンソンとリンク自身が「私たちの作品はミステリ界にフリーマンが生み出したスタイルの系譜にある」って言ったりするんですけどね

*4:白樺香澄ちゃんによる『ダイヤルMを廻せ!』解説は、風狂殺人倶楽部の愉快な機関誌『風狂通信Vol.1』で読めるよ!