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遂にエラリー・クィーンを読むぞ 第3回『オランダ靴の秘密』──西洋のミサワと名探偵ジューナのボジョレー・ヌーヴォー

クィーンを頭から読んでいく本シリーズも漸く3本目。なんかだいぶ間が空いてしまった感がありますが、まあそこはそれ。

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と、いう訳で、今回は国名シリーズ第三作『オランダ靴の秘密』。

で、前回までは比較的細かくメモを取って読んでたんだけど……ちょっと今回は時間的余裕がなかったので、最初の1/3以外は一気読みにしてしまいました。という訳で、今回は手短に終えたいなと思います。ロジックの良作としての噂は以前から聴いていたので、もう少し精密に読めればよかったのだけど……。次回は『ギリシャ棺』なのでがんばりたい。

あらすじ

大富豪アビゲイル(アビー)・ドールンの設立した病院〈オランダ記念病院*1〉を訪ねるエラリー。医長を務める旧友のジョン・ミンチェンに、捜査上の助言を求めに来たのだ。ミンチェンの医学的なアドヴァイスのお陰でエラリーの抱えていた謎は電話一本で(!)解決。折角なので記念病院の中をミンチェンに案内して貰うことに。

折しも今朝、病院のパトロンであるアビー・ドールンがインスリン注射を忘れたせいで階段から落ちてしまい、昏睡状態のまま緊急手術が行われようとしていた。エラリーはミンチェンに誘われてその手術を見学することになる。執刀医は、アメリカ一の外科医とも呼ばれるフランシス・ジャニー外科部長。ジャニー医師はドールンから昔から息子同然に育てられ、海外留学などの資金援助も貰っており、アビーから多額の遺産が遺される約束にもなっているという。 エラリーらが見学席に就き、アビーが手術室に運び込まれ、手術が今にも始まろうとしていたが……なんと、アビーは細い針金で絞殺されていたのだ!

現場を封鎖させ、警視らを呼び寄せるエラリー。前後の状況から、犯行は控室で行われたものと推定される。 そして、犯行時間の前後に、控室ではジャニー医師と思しき人物が目撃されていたのだ!しかし、ジャニーは犯行時間前後、ちょうどスワンソンと名乗る人物と面会しており、アリバイはあったと主張する。加えて、犯人が遺棄したと思しき制服ズボンと靴が発見され、その靴の特徴がジャニーの歩き方の癖と一致しなかったため、エラリーらは何者かがジャニーに成り済まして犯行に及んだものと推測する。しかし、ジャニーはアリバイを保証する筈のスワンソンの正体について口を割ろうとせず、疑惑は深まる。

時間ばかりが過ぎてゆき、事態が混迷を極める中、スワンソンの正体を明かさせるため、警視は一計を案じる。しかし翌日、思いも掛けない展開が捜査陣を待ち受けていた──!!

感想:国名ー・ヌーヴォー

前書きの部分で「この事件めっちゃ難しかった」みたいなことが書いてあるんだけど、『ローマ』『フランス』にも似たような事が書いてあったし、なんかどんどんインフレが起きてる気がする。ボジョレー・ヌーヴォーかよ。という疑惑があったので、取材班はこれまでの「前書き」での本編への言及について調べてみた:

  1. ローマ帽子の秘密

    • おそらく過去十年間で最も謎が深いと言える犯罪に基づく、この驚くべき物語*2
    • 二人のクイーンが携わったあらゆる事件のなかでも、これが頂点に位置するのはまちがいない。*3
    • この事件は人間が思いつくかぎりで最も完全に近い犯罪計画だった。*4
  2. フランス白粉の秘密

    • 「エラリーのたぐいまれなる才能が生き生きと発揮された一例である。 *5
  3. オランダ靴の秘密

    • 困難をきわめた今回の謎解きにおいて、エラリーはまちがいなく知力を最大限に発揮している。
    • 迷宮のごときモンティ・フィールド事件の捜査でも、複雑きわまりないフレンチ殺害事件の捜査でも、これほどの驚くべき知性は必要とされなかった。
    • 現実であれ小説のなかであれ、かくも鋭い推理をもって犯罪心理の蒙昧たる深みを探り、悪辣な策略のもつれの糸をほぐした者は、かつてなかったと私は確信している。*6

いったいこの先どうなっちゃうんだ……。番組ではこの問題について今後も継続的に調査する予定です。

渦中の人・ジャニーと西洋のミサワ、クナイゼル

キャラクターの話をしよう。 『ローマ』ほどじゃないけど、警視の躁鬱っぷりというか多重人格っぷりは本作も健在。 最近の若者かよってくらい(狙って)突然キレる。職人技。

あと、今回のキーパーソンであるヨーロッパ系の山師っぽい「天才」冶金学者クナイゼルのキャラが面白い。っていうか怪しすぎる。こいつ、ジャニーの共同研究者でアビーから金貰って共同研究してるんだけど、「科学者だから感情とかないわー 科学者だからなー 死とかどうでもいいわー」っていうっぽい感じのキャラで、エラリーとヨーロッパことわざ合戦みたいなことをして遊んでたと思ったら、変なロジックで「次狙われるの俺だ!!!助けて!!!!」って警視の下に駆け込んできたりする。感情、あるじゃん。西洋のミサワかよ。そんなクナイゼルを見て思うところもあったのか、「僕も一歩間違えたらああなってたのかなぁ……」っていうエラリーもかわいい。

実際問題として、このクナイゼルの合金研究が本当に価値のあるものなのかは不明だけど、そもそもジャニーも天才外科医とはいえ、専門外の合金の研究をパトロンから資金貰って病院内に設備設えてやったりするのかな?この辺り、もの凄い勢いで詐欺に遭ってる臭いがプンプンだ。っていうか合金創るのに重金属とかも使うだろうし、それって病院の中なんかで扱って問題出ないんだろうか……?公害とかに大らかな時代を感じる。

そもそも、ジャニーはこのクナイゼルとの研究以外にも、ミンチェンとアレルギー疾患に関する専門書を執筆している。これはもう超極秘プロジェクトで、存在じたいは知られているんだけど、症例とかの具体的な資料に触れるのはミンチェンとジャニー、それからジャニーの助手・プライス看護婦だけという徹底ぶり。ジャニー働きすぎでしょ。ってか秘密多すぎ。アビーに気に入られてるとはいえ、病院を私物化しすぎているきらいがあるし、そりゃ研究費も打ち切られるってもんですよ。

脇役たちの描写

あと、マスコット的存在であるジューナが本作ではそれまで以上にクローズアップされている。エラリーの推理に突破口を開く助言をした褒美にエラリーから変装キットを貰うんだけど、それでエラリーに「お前は誰だ!いますぐでてけ!」と言わしめるまで見事な変装をしてみせる。ジューナ、お茶目。っていうかエラリー小心すぎる。こういった点も、これまでに比べてキャラクターが活き活きと動いて見えて、小説としての深みが出て来たといえるかもしれない。

ところで本作、合間合間にアビーの娘・ハルダとドールン家の専属弁護士・フィルのカップルの噛み合わない短い会話が三人称視点で入る。フィルはなんか必死にアビーを宥めようとするんだけど凄く逆効果なこといっちゃってそれに気付いてなかったりするので、すごくイライラする。結局この辺りは推理に寄与していない気がするし、そもそも「作中エラリー視点で解ける」前提で挑戦状が挟まれているのがクィーンの革新的な所だという話なので、このシーンはオマケな訳だけど、結局なんだったんだろう。単にカップルにイライラしてくださいね〜〜〜っていう嫌がらせだったんだろうか。勿論、関係者の動きを二人の会話から説明したりはしているんだけど。

着実に成長していくシリーズ

あと、これはネタバレになっちゃうから詳しくはいえないけれど、本作でははじめて二人目の被害者が出る。これは今までの二作にはなかった展開で、それによって全体の展開に緩急がついてよかったと思う。っていうか今までずっと一人の被害者とロジックのみで間を保たせていたのは凄いなあと逆に思う。解説によれば、『オランダ靴』は初期の中ではかなりのベストセラーになったらしいけど、指摘されている病院という舞台の新しさ以外にも、被害者が増えたのも要因の一つじゃないだろうか。人が沢山死ぬとテンションが上がるし。

そして、上で述べたように、僕は本作ではメモをそんなに取れなかった。以下でちょっとだけ詳しく触れるけれど、それでも十分に納得出来るほど本作のロジックは単純でしかし強力なものだった。もちろん、こうした綺麗なロジックの構築手腕は先立つ二作にも十分に認められるけれども、その見せ方は作を追って巧いものになっていっていると思う。

謎解きについて

以下、ネタバレを含みます。

衛生第一である病院のルールを上手く生かしたロジックの構築は本当に見事だったと思う。

特に、第一の犯行で使われた靴・服の特徴、

  • 切れた靴紐が医療用テープで修繕されていた
  • 靴の舌革(紐の下にくっ付いているペラペラしたやつ)がひっくり返って爪先に貼り付いていたこと
  • ズボンの丈が縫って調節されていたこと

と、第二の事件で犯行当時に資料棚が現場にあった事実から見事に一人に犯人を絞り込んでみせる所は圧巻。 主眼はやっぱり第一の事件で主に靴とズボンの条件から犯人の範囲を1/4に絞ってみせるところだろうと思う。 ただ、最初に「犯人は記念病院に関して広い意味で専門知識があった者」という結論を出してるのに、また「専門知識の有/無」×「男性/女性」の四通りで場合分けをするのは、丁寧に可能性を潰していく過程を見せるためとはいえちょっとくどいかな、という気もした。

その上で、第二の事件の資料棚の存在と被害者の安らかな死に顔から犯人を一意に特定してしまう訳だけど、これ単体で決まっちゃうのはちょっと綺麗にいきすぎというか、単体の条件だけだともう少し犯人候補に幅がでる感じにしてもよかったのではないか?とも思う。とはいえ、第一と第二の事件が同一犯による犯行であることを論証するには、第二の事件がこれくらいスパッと決まってもらわないと煩雑になるので、仕方ないとはいえるか。

あと、細かいけど、英題が "The Dutch Shoes Mystery" じゃなくて単数形の "The Dutch Shoe Mystery" なのも或る種タイトルに隠された伏線と言えなくもないかな?日本語だとそのニュアンスを出すのはなかなか難しいけど。

という訳で、『オランダ靴』に関してはこの程度で。次回、いよいよ『ギリシャ棺』。刮目して(しなくてもいいけど)待て!

途中までのメモ

第四章まではメモを取っていたので、あんまり意味がないけど、以下それを載せておきます。

第一部 ふたつの靴のはなし

1 手術 OPERATION

エラリーは目下直面中の事件について助言を得るべく、旧友で〈オランダ記念病院〉の医長、ジョン・ミンチェン医師を訪ねていた。糖尿病が死後硬直の時間に影響を及ぼすと聞いたエラリーはすぐさま確認の電話を入れ、事件はたちどころに解決した。 その後、同じく慢性糖尿病を患っている大富豪で記念病院の創設者、アビゲイル(アビー)・ドールンの手術の話へと移る。三度のインスリン注射を必要としているアビゲイルは、昨日の連絡電話を受けた世話係のフラーが伝達をミスしたために注射が長いこと行われず、そのため毎週のようにきている病院の視察中に階段の上で昏睡状態に陥った。落下の衝撃で胆嚢破裂を惹き起こしたことに気付いた東部一の外科医・ジャニーが今その手術の準備中だというのだ。糖尿病患者の手術には細心の注意が必要となるため、昏睡状態を利用し、無麻酔で執刀する予定だという。他の家族は集まりつつあるが、締め出されている。ミンチェンに付き添われて院内を見学していたエラリーがA手術室近くを通り掛かった頃、専属弁護士で娘のハルダと交際中のフィリップ・モアハウスが到着する。

  • 院内では全員が定められた制服を着用することになっている。男性は白いズック地の上着とズボンにキャンバス地の靴、女性は上から下まで白のリネン。これは全従業員、外の臨時警官にまで

2 動揺 AGITATION

フィリップ(フィル)とハルダのシーン。フィリップは褐色の大外套を着ている。待合室のドアを押し開けるとハルダと合流し、泣きじゃくるハルダを宥める。待合室にはハルダしかいない。セアラとヘンドリックはどっかその辺にいるらしい。

3 面会 VISITATION

  • エラリー、ミンチェンとジャニーの対面。ジャニーとミンチェンは先天的アレルギー疾患に関する本を執筆中。症例すら極秘扱いで、閲覧出来るのはジャニー、ミンチェンとジャニーの助手の看護婦プライスに限られている。
  • ジャニーは執刀前は誰とも会わない予定で、係の人間を追い返そうとしたが、持ってきた名刺に「スワンソン」とあるのを見て態度を一変させ、会いにいった。
  • ジャニーは筋肉の麻痺かなにか(エラリーの見立て)で左足が悪く、右側に負荷が掛かっている。
  • エラリー曰く「鳥のような目」
  • ジャニーは報奨が見込めなくても治るなら執刀する「真の名士」(ミンチェン談)
  • ジャニーはアビゲイルにとって殆んど息子同然で、海外の大学にやってもらったりしていて、アビーが死んだら結構な量の遺産がジャニーに転がり込む。

○4 発覚 REVELATION * 劇場型大手術室。観覧に訪れていたのは、ミンチェン、エラリー、フィル弁護士、見学の研修医・看護師、内科部長のダニング医師とその金髪で不器量な娘の社会福祉課職員。 * フィルが他の家族も立会わせるよう主張するが、拒絶。 * 座席は桟敷席のように段々高くなる配置で、手術台のあるエリアとは白木の柵で隔てられている。 * 助手の外科医が二人。それぞれ順に青い昇汞水とアルコールに手を浸し、アルコールが乾いたら看護師に手袋を嵌めてもらう。 * 右側のドアから執刀医のジャニーが現れ、看護師たちに控室から患者を運び込ませる。シーツをどかせると身体は硬直しており、果して患者から絞殺被害者へと変貌しているのだった。ミンチェンとジャニーが確認。時に、手術開始から15分が経過していた。

○5 絞殺 STRANGULATION * 被害者は三十分前には死んでいて、手術台に運び込まれたころにはもう硬直が始まっていた。 * 絵を吊るのに使う細いピアノ線が血まみれで発見。結んだ跡か、二箇所が折れ曲がっていた。 * エラリーは出入口の封鎖と、三十分以内に出入りした人間のチェックを指示。所轄と本部の警視に連絡させた。 * エラリーは家族への事態の報告を留まらせ、ジャニーらは現場に留まるよう指示。

*1:何がどうオランダを記念しているのか最後までよくわからない

*2:『ローマ帽子の秘密』p.17

*3:『ローマ帽子の秘密』p.24

*4:同上

*5:『フランス白粉の秘密』p.22
これ単体ではあんまり事件そのものの困難さの修飾にはなっていない。 しかし、これより前に散々エラリーの非凡さを強調しているので、実質的にその複雑さを強調しているといえる。

*6:以上、いずれも『オランダ靴の秘密』p.10より