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風狂通信web

風狂奇談倶楽部の活動記録や雑考など

越境するお笑い芸人・ジャンル小説編

お笑い 芸人 又吉直樹 小説 レビュー

今年一月、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が『文學界』2月号に小説「火花」を発表すると 、同誌は発売二日目に創刊以来初となる増刷を決定、累計四万部という異例の部数を発行することになった。さらに、三月に「火花」が書籍化されるやいなや 、発売一ヶ月も経たぬうちに発行部数三十五万部に到達、翌月には三島由紀夫賞候補に入った。そしてついに、「火花」は芥川賞候補にまでなり、見事第一五三回芥川賞の栄誉に輝いたのである。芥川賞史上、お笑い芸人の受賞は又吉が初めてであった。「火花」は増刷に増刷を重ね、8月の時点でいよいよ200万部を突破したらしい。出版業界はまさしく又吉フィーバー状態だ。

又吉は別格だとしても、お笑い芸人たちがメディアの壁を越境し、創作の幅を広げているのは間違いない。小説を書く芸人の数は増え続けており、その勢いは今や専業の作家たちを脅かすまでになっている。少し前であればそれは大袈裟だと笑えたかもしれないが、今では決して大袈裟ではないのだ。

ところが、芸人の書いた小説は多々あれど、意外とジャンル小説は少ない印象を受ける。麒麟・田村裕のホームレス中学生品川庄司・品川の『ドロップ』を筆頭に、青春小説や自伝的小説な小説が多く、ミステリやSF、ホラーといったジャンルのものはあまり書かれていないのではないか。そこで本稿では、お笑い芸人が書いたジャンル小説――もっと云ってしまえばミステリ――と呼びえる作品のものを集め、いくつか紹介してみたい。果たして、ミステリ読者を唸らせ、ミステリ作家に脅威を与えるような作品はあるのだろうか。

コント仕掛けのスペシャリスト

藤崎翔『神様の裏の顔』『私情対談』角川書店
板倉俊之『トリガー』『蟻地獄』リトルモア
渡部健『エスケープ!』幻冬舎

第34回横溝正史ミステリ大賞受賞作『神様の裏の顔』は、作者の〈元お笑い芸人〉という経歴が話題になった。二〇一〇年までセーフティ番頭というコンビで六年間芸人として活動していたらしい。

清廉潔白、教育者として自らの全てを捧げた神様のような教師、坪井誠造が逝去した。その通夜には、彼を慕う多くの人々が押し寄せ、悲しみの涙を流した。ところが、集まった参列者たちが故人を回想していくうち、神様の思いも寄らなかった人間像が浮かび上がっていく……。

後出しの情報が多く、伏線のないままあれよあれよと話が展開していき、ひっくり返し方も強引。ミステリとして大きな瑕疵があるのは間違いない。しかし、ディスカッション(というほどのものではないが)を積み重ねることでそれまで見えていた景色が塗り替えられていくという構成には、 紛れもなく本格としての面白さを感じる。あとは書きぶりをユーモラスと取るか上滑りしていると取るかで評価が変わってくるだろう。

神様の裏の顔

神様の裏の顔

 

 今年の六月に刊行された二作目『私情対談』は、人気女優とベストセラー作家、サッカー選手、バンドメンバーなど六つの対談・鼎談を描きながら、それぞれが密接に繋がり、裏に隠された驚くべき真実が明らかになっていくという構成。表の顔と裏の顔というテーマは前作と共通しているが、本作の方がより技巧的である。細部につっこみどころは多いが、読んで損はない。

私情対談

私情対談

 

 ところで、横溝賞の選評のなかで、選考委員の道尾秀介は『神様の裏の顔』に対して次のように述べている。

 故・桜塚やっくんさんの小説『美女♂men』や、アンジャッシュ渡部健さんの『エスケープ!』のように語り口が非常に愉快で、ユーモアのセンスは見習いたいほどだった。これがミステリー小説として、インパルスの板倉俊之さんの『蟻地獄』の域にまで達していれば文句なしだったのだが。

道尾がここまで持ちあげる『蟻地獄』とは一体どういう小説なのか。

二村孝次郎は、幼馴染の大塚修平とともにカジノでの大儲けを計画する。二人は不正賭博で大金を手に入れるが、イカサマを見破られ、カジノオーナーの柏木にたっぷりと痛めつけられてしまう。修平を人質にとられ、五日後までに三百万円を準備するように要求された孝次郎は、死体の臓器を売って金をつくろうと、単身青木ケ原樹海へ足を踏み入れるが……というあらすじ。

矢継ぎ早に盛り込まれたアイディアでスピーディに展開していく、気持ちの良いエンターテイメント(内容は気持ちの良いものではないが)である。細かい伏線を至るところに張り巡らせ、次々と回収していく手さばきは、今まで小説を読んでこなかった(本人談)人間のものとは思えない。

とはいえ、いくらなんでも無理があるだろうという展開や不自然な描写も散見され、手放しで褒めるのはさすがに躊躇してしまう。『神様の裏の顔』と比べるタイプの作品では決してないし、面白いことは認めたうえで、道尾の絶賛にはやや疑問を覚える。

蟻地獄

蟻地獄

 

 ちなみに、デビュー作の『トリガー』は、〈射殺許可法〉の制定された日本を舞台にした近未来ハードボイルドだ。各都道府県に一人ずつ配置された拳銃所持者(トリガー)の活躍や葛藤を、連作短編形式で様々な視点から描いており、文章こそ拙いものの、アイディアの盛り込み方など達者である。『蟻地獄』の物語の運び方からしても、個人的に板倉は短編小説向きの作家ではないかと思う。

トリガー

トリガー

 

 一方、道尾が「語り口が非常に愉快」と引き合いに出した渡部健『エスケープ!』は、アンジャッシュのコントをそのまま小説にしたような内容である。

〈僕〉ことシュウは会社の内定も決まり、チカゲという可愛い彼女もいる大学生。将来は順風満帆に思われたが、刺激のない平凡な毎日に味気なさも感じていた。あるとき、たまたま目にした雑誌記事がきっかけで、シュウは空き巣の計画を練り始める。かつてない情熱で入念に企てた犯行計画。しかし、忍び込んだ家の中で、シュウは見知らぬ男と鉢合わせることになる。

少ない登場人物たちのあいだに誤解やすれ違いを生じさせ、その勘違いから物語を進めていくというシチュエーションの作り方は抜群に巧い。巧いのだが、それは結局シチュエーションコントに小説的肉付けを加えているに過ぎないのが欠点。舞台では笑えるネタも、そのまま小説にするとどうしてもつまらないものになってしまう。小説ですれ違いネタを書くのであれば、キャラクターだけでなく、読者をも錯覚させなければならないのだ。つまり、都筑道夫云うところの〈論理のアクロバット〉が必要だということ。

エスケープ! (幻冬舎文庫)

エスケープ! (幻冬舎文庫)

 

 暴走堕天使

滝沢秀一『かごめかごめ』双葉社
鳥居みゆき『夜にはずっと深い夜を』『余った傘はありません』幻冬舎

マシンガンズ・滝沢の『かごめかごめ』は、E★エブリスタ電子書籍大賞2013双葉社賞を受賞したホラーサスペンスだ。

神原喜代美のストーカーである〈オレ〉は、同じく神原のストーカーであった高井真郷を殺害、死体をバラバラに解体する。遺体を少しずつ処分しながら、ストーカー行為を継続するオレであったが、あるとき神原の捨てたゴミの中から、オレに宛てたメッセージが出てくる。さらに、オレの部屋のドアには不気味な手形が残され、死体を置いてある浴室には何者かが入った痕が……。

有吉弘行は本書の帯に、「支配していると思っていると、実は支配されていたりする。人間関係ってそんなもん」という言葉を寄せている。その言葉どおり、本作の肝は〈支配する者〉と〈支配される者〉が次第に入れ替わってゆく恐怖感だろう。文章は下手だし、小説としても何じゃこりゃといった内容だが、先の読めない展開や、途方もない法螺の吹き方など、ストーリーテラーとして光るものがあるように感じた。

かごめかごめ

かごめかごめ

 

 鳥居みゆきの小説は、あえて分類すればサイコホラーと云えなくもないが、厳密には特定のジャンルに収まらない。

処女小説『夜にはずっと深い夜を』は、連作短編ともショートショートとも散文詩とも云えるような作品集で、汚いものが嫌いな母(「きれいなおかあさん」)や、自分の名前に絶望している女(「幸子」)など、どこか壊れていたり病的なコンプレックスを抱えた女たちの物語が綴られている。全編言葉遊びとブラックユーモアに満ちており、不条理でありながら、各編が有機的に関連しあうというしたたかな面も見られる。

夜にはずっと深い夜を (幻冬舎文庫)

夜にはずっと深い夜を (幻冬舎文庫)

 

 二作目の『余った傘はありません』も似たような形式を採用しているが、前作よりは連作短編という枠組みが意識されているように思われる。四月一日に生まれた双子の姉妹の人生を描きながら、各短編が伏線となり、最後に一本につながるという趣向は巧みで、ミステリファン向きであろう。

余った傘はありません (幻冬舎文庫)

余った傘はありません (幻冬舎文庫)

 

 面白推理文庫

ビートたけし『ギャグ狂殺人事件』作品社
タモリ『タレント狂殺人事件』作品社

〈面白推理文庫〉という叢書から二冊を紹介。

〈面白推理文庫〉とは何か。カバー袖には、「本シリーズでは、各分野でもっとも活躍されておられるエキスパートが、みずから虚構と事実の膜を開くという根底的な発想のもとに、さらに古今東西の名作に挑み、エキスパートならではの過激なパロディ化をはかります」と説明されている。なんとも胡散臭い。いかにも八十年代的だ。

さて、まずは『ギャグ狂殺人事件』のあらすじから。ある日たけしのもとに、お笑い芸人の姿を模した人形と、マザーグースのような奇妙な歌が送られてくる。そしてその後、いかりや長介萩本欽一タモリ、談志ら人形のモデルとなった芸人たちが、歌に沿って立て続けに殺されていってしまう。なぜ人形はたけしに送られてきたのか。たけしは犯人からの挑戦を受け、事件の謎を追う。

 十人のコメディアンがいたってよ
 一人が火事で焼け死にゃあ
 残りは九人に決まってらあ

本作を本格ミステリとして読むのは難しいが、ミステリパロディとしてはなかなか面白いものになっている。前述のあらすじからわかるとおり、事件の設定はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』パロディであり、莫迦ばかしい見立てによって実在の有名人たちが次々と殺されていく展開は、ブラックな笑いもあって、ミステリ好きならそれだけで十分楽しめることだろう。それだけに留まらず、個々の殺害方法に関しては山田風太郎エラリー・クイーンを下敷きにするなど、ミステリファンへの丁寧な目配せも堪らない。

ギャグ狂殺人事件 (面白推理文庫)
 

 次いで『タレント狂殺人事件』。テレビ番組『今夜は最高!』のプロデューサー・須沼が病院で毒殺された。死体はなぜか病院の外の側溝で発見され、病室からはお笑い芸人の九十九一の指紋が検出された。九十九が行方をくらますなか、今度は清純派歌手の柏崎裕美が殺され、現場には九十九のネクタイが残されていた。

周辺関係者の不審な動きや、謎のメッセージ〈991〉など、ミステリとしての骨格は意外としっかりしている。伏線もしっかりと張られており、『笑っていいとも!』のテレフォンショッキング内で九十九の無実が語られるなど、盛り上げどころを正しく心得ているのも好印象。また、『ギャグ狂』にも共通することだが、事件の真相に芸人(芸能人)ならではの悲哀というべきものが設定されており、ラストにそこはかとなく苦い余韻を漂わせているのも良い。

タレント狂殺人事件 (面白推理文庫)

タレント狂殺人事件 (面白推理文庫)

 

 まあ、両作ともゴーストライターが書いたのだろうけど。

たけし軍団

そのまんま東ビートたけし殺人事件』太田出版
ガダルカナル・タカ『フェアウェイの罠 ゴルフトーナメント殺人事件』太田出版

最後に、たけし軍団メンバーの手による作品を二つ。

ビートたけし殺人事件』は、ビートたけしの失踪から物語がはじまる。警察をあてにせず、自分たちで殿(たけし)を見つけ出そうと動き出すたけし軍団。そんな折、東の自宅近所で浮浪者の殺される事件が起きた。しかもその手には、殿の写った古い写真が握られていた……。一方、残された謎のメッセージ「しやうじや」を手がかりに、某局のスタジオへ向かったたけし軍団は、そこで顔の潰れた死体を発見する。

文章こそ拙いが、本格ミステリとしての骨格は案外真っ当で、抑えるべきところは抑えてあるのにびっくり。何より、暗号や顔のない死体、密室殺人、「名探偵、みなを集めてさてと云い」のお約束にのっとった解決シーンなど、本格ミステリのガジェットが満載なのが嬉しい。最後にはトンデモな事件の背景が明らかになり、一気にキワモノSFミステリへと転化するのもご愛敬。

ちなみに、続編として明石家さんま殺人事件』『伝言ダイヤル殺人事件』というものもあるが、ミステリとしての出来は数段落ちているような気がする。

ビートたけし殺人事件

ビートたけし殺人事件

 

 『ビートたけし殺人事件』の大ヒットに影響を受け、ガダルカナル・タカが執筆したのが『フェアウェイの罠 ゴルフトーナメント殺人事件』である。

伊豆で開催されるゴルフトーナメントのラウンドレポーターを任されたたけし軍団のタカは、初日の六番ショートホールでジャンボ尾崎から「誰かがオレのプレーの妨害をしている」と囁やかれる。そして二日目の朝、コース内の崖下から暴力団員の死体が発見された。果たして、ジャンボのプレーの妨害となにか関係しているのだろうか。ジャンボに頼まれ、タカは探偵の真似事を開始する。

ジャンボ尾崎をはじめ、プロゴルファーたちが実名で登場するゴルフミステリーである。正直なところ、ミステリとしては大したことないが、ゴルフ小説としてはたいへん面白く読めた。ゴルフに魅せられた者たちが語るゴルフ哲学、彼らが織りなすドラマは、ルールすらよくわかっていない門外漢にとっても読みごたえ充分。ゴルフを扱ったミステリというより、ゴルフこそがミステリなのだと思わされる佳品だ。今年刊行された国内ゴルフミステリ(河合莞爾『救済のゲーム』平石貴樹『松谷警部と三ノ輪の鏡』)と読み比べてみるのも一興だろう。

(※この文章は、 『風狂通信vol.2』掲載の拙文「越境するお笑い芸人(ジャンル小説篇)」をブログ記事用に改稿したものです)

(秋好)