風狂通信web

風狂奇談倶楽部の活動記録や雑考など

風狂的〈本格ミステリ・ベスト5〉中間報告(後編)

 

これまでのあらすじ鳥飼否宇『絶望的』に早坂吝『虹の歯ブラシ』とエロミス界の豊作に沸く風狂殺人倶楽部であった。

ベスト5発表を終えて

秋好「では、とりあえずランキングはここまでで、この先はもっとざっくばらんに、今年読んだ作品の感想や四方山話を」
石井「悪口解禁?」
白樺「今まで別に我慢してなかったでしょ」
秋好「ランキングに入れなかったけど語りたい作品はいっぱいあるんですよ。 最初に挙げたいのは門前典之の『首なし男と踊る生首』。ところで、『屍の命題』は読んでます?」
白樺「ごめんなさい、わかんないです」
秋好「『屍の命題』は元々新風舎から自費出版していたのが、2010年に改題・改稿して原書房から出版された作品です。これは正直小説としては下手なんだけど、バカトリック・バカ趣向がとんでもない」
白樺自費出版ならではの破天荒さが評価された、って感じの作品なんですね」
秋好「まあ、元々はそんな感じ。完全にマニア向けな作家なんだけど、この『首なし男と踊る生首』は門前としても久しぶりに大バカな作品」

首なし男と踊る生首 (ミステリー・リーグ)

首なし男と踊る生首 (ミステリー・リーグ)

 

白樺「他のは小綺麗にまとまっちゃってるんだ?」
秋好「いや、言ったら『建築屍材』とか他のも全部ヤバいんだけど(笑)」
石井「でも頭一つ飛び抜けた感じのが出たんだ。頭一つ飛んで首なしになったんだ」
白樺「物理的に(笑)」
秋好「内容を簡単に紹介すると、一つは密室状態となった倉庫を開けたら、壁に斧が突き刺さり、そこに生首が乗っかかっていて、横に首なし男が立ってたと。だけど、あとで警察が調べてもそんな死体は見つからなかった、という謎。そのあとも、井戸から奇妙な縛られ方をした四体の死体が見つかったり、裏山で竹の上に刺さった生首が見つかったり。しかもそれらが、犯人の手記や、その地域に伝わる伝承と交えて語られるというテクニカルな構成です」
白樺「やりすぎだね……(笑)聞いただけでおなかいっぱい」
秋好「門前って人は、基本的に大盤振る舞いなんですよ。衝撃度、いや、笑撃度は凄まじいものがあります。でもなあ……。まず、文章が下手なのはもういいです。何回読んでも何が起きてるかわからないなんてことは、別にコード型本格の書き手には珍しいことじゃないし」
白樺「また大雑把に広範囲の人をdisりますね」
秋好「しんどかったのは、登場人物たちの言動が不自然すぎるところ。行動も思考も、全くこっちが思ってるようにならない」
石井「期待を良い方に裏切るとかではなくて?」
秋好「違う違う。普通に読んでて、〈こういう事件が起きたらこう行動するだろう〉〈警察に訊かれたらこう答えるだろう〉みたいな場面で、ことごとくボタンをかけ違えてるかのような違和感があって、作者の都合のいいようにしか考えないし行動しないっていう。具体的にどことか挙げられないけど、全体的にヘンなんですよ。でも、そういうところが気にならないなら……」
白樺「気にならない人いるかなぁ(笑)作中の人全員サイコパスなんでしょ」
秋好「まぁほら、好き好きだからね」
石井「出た、マジックワード〈好き好き〉」
白樺「ちょっと松尾詩朗さん的な立ち位置の人なのかな?」
秋好「松尾詩朗よりは断然立派ですけど……。まあ、総じていつもの門前でしたね。それから大森葉音の『プランタンの優雅な退屈』。『果てしなく流れる砂の歌』の作者の二作目です」

プランタンの優雅な退屈

プランタンの優雅な退屈

 

白樺「この人は何の賞でデビューした方ですか?」
秋好「賞とかじゃないです。これは探偵小説研究会の大森滋樹さんの別名義で、小説も書き始めましたよ、っていう。それでこの『プランタン』は、架空の島国の王女が主人公です。魔法とかが出てくるわけじゃないけど、実質異世界ミステリ。書き方もかなり軽さを狙った、まあ軽いというよりは上滑りしてる感じなんだけど、そんな世界観・キャラクターなんですが、ここにエネルギー問題が絡んできます」
白樺「〈やっだぁもぉ!原発反対☆〉みたいな?(笑)」
秋好「タッチとテーマのバランスが明らかに悪い。もちろん、作者は批評家でもあるわけだから、わざとそういう風に描いてるんだろうけど、それにしてもなんですよ」
石井「狙いは解るけどノイズになっちゃってるんだ」
秋好「で、メインは密室の謎なんだけど。現場には鍵がかかってて、中には死体と衣装戸棚に閉じ込められた人物がいるっていう……」
白樺「『衣装戸棚の女』のパロディになってるのね。いしいひさいち先生も『コミカルミステリーツアー』で描いてました」
秋好「ただ、問題はここでもバランスを欠いてるところなんです。後半、なんかどんどん密室がどうでもよくなってくるんですよね。一方でどうも薄味の物語が展開していって。一応、密室の謎はパロディめいた解決があって、そこから〈なぜ密室にしたのか」〉っていうホワイダニットがメインになるんですけど、それもうーん……。わざわざ異世界(?)を作ったにしては弱いかなあ」
白樺「色んな〈お約束〉へのメタ的なフォーマット崩しをしたいんでしょうけど、そういう作品自体がもはや飽和してますからね。批評的なだけの小説じゃ目立てないですよ」
秋好「狙いは解るんだけど、そのために用意された文体や世界観が機能不全になってる感じなんだよね」
白樺「石井先生はもの申しておきたい作品は?」
石井『恋と禁忌の述語論理』に関してはもうあっちこっちで語ったので今回は」

恋と禁忌の述語論理 (講談社ノベルス)

恋と禁忌の述語論理 (講談社ノベルス)

 

秋好「語り尽くした感はあるね」
白樺「ああ。だよね(笑)。〈数学徒として『恋と禁忌』は許せん〉って本を一冊書きましたからね」
石井「ミステリ的な手つきは悪くないと思ったので、次回作を楽しみにします。さっき早坂吝と特殊設定ミステリの話が出たので、RPGスクール』の話をしたいと思います。超能力者がいる!って設定の話ですね」

RPGスクール (講談社ノベルス)

RPGスクール (講談社ノベルス)

 

白樺「お、チョーモンインじゃん面白いに決まってるじゃん」
石井「ええ、面白いはずなんですね。で、舞台になる高校に最強の超能力者みたいな女性が訪ねてきて講演をするんですけど、その後でその人が殺されてるのが発見されるんです。それが、校庭のスプリンクラー密室の中で見つかるんですが」
白樺スプリンクラー密室?」
石井「雪密室の変形ですね。スプリンクラーのそばに死体が転がっていて、その周りは水がまかれてどろどろになってるけど、地面に足跡なし」
白樺「へええ。さっきの『虹の歯ブラシ』もそうだけど、不可能犯罪の設定自体が日常から逸脱しすぎず目新しいというか、作り方が上手い作家さんなんですね」
石井「それで、発見された直後になんとこの高校の周りが閉鎖空間になって、RPGの世界になります」
秋好「はあ」
石井「で、直後に説明があって、この超能力者は自分が殺される未来を予知してたから、自分が殺された場合、周囲何キロを閉鎖空間にして警察に通報するっていうしょっぱい超能力を用意しておいたんだと」
秋好「他になんとかならなかったのか」
石井「で、そこに何者かの意志が介在してRPG空間になってしまったと。それで、その世界には魔王を名乗る人物がいて、魔王を倒せば外に出られる。で、じゃあ魔王は誰なんだって話と、美術室から仮面を盗んで、人を殺しまくる金仮面と助けてくれるんだけど、妙に不穏な動きをしている銀仮面がいたりとか」
秋好「提示される謎としては、RPG空間からいかに脱出するかっていうハウと、魔王と金仮面、銀仮面はそれぞれ誰だってフーダニットと、それからスプリンクラー密室だ」
白樺「サービス精神が旺盛すぎる(笑)」
石井「まぁでも、ルールや道具を駆使してダンジョンで戦っていく部分は普通に面白いんだけど、学園封鎖がらみのプロット自体は、とりあえずこういうジャンルならって想定は超えないんですよ。で、ミステリ部分なんですけど、いきなりこの学校に〈イチャイチャ探偵〉がいたことが解ります」
白樺「イチャイチャ探偵って言うのはアレですか?ペッティングしてエロい気分になると推理力が上がるみたいな。あれ、ムラムラすると推理力が上がると言えば……」
石井「増田……違います。ただべたべたしてるだけなんですけど。それで、確かに舞台となった〈現象〉を中心に謎は解かれるんですが、全部脱出した後に謎解きなんですよ。謎解きによって世界観自体がひっくり返されるような展開があれば良かったんですけど、特にそういうことはない」
白樺「そっか。謎解きの置き場所的に、見ていた世界自体がひっくり返ったり脱出方法が解るみたいなカタルシスは与えられてないんですね」
石井「謎解きとストーリーの本筋が遊離してしまってるのが、ルール本格としては問題点だと思う。もちろん、謎解きのためのヒントはRPG世界での行動に山のように散りばめられてるから、そこは緻密とは思うけど。ただ、それ自体は後付けでいくらでもできるからね。あとプロローグと本編の関係があまりよくわからなかった」
秋好「察するに、必然性とかじゃなくて、そういう世界を〈作ってみたかった〉んでしょうね」
石井「著者の言葉があって、〈好きが高じると自分でツクってみたくなるのがRPG推理小説の共通点だと思います〉まぁ、それがこの人のスタンスを雄弁に語ってると思います」
白樺「稚気に富んだ人なんだね。タイトルも〈RPGツクール〉からだもんね」
石井「ただ、スプリンクラー密室の解決はけっこう鮮やかだし、ミステリとしては悪くはない。ただ、ルール本格として見た時に、もう少しカタルシスが欲しかったな。あとは、古野まほろが微妙だったって話をしよう」
秋好「あれ?『身元不明』ダメでした?」

身元不明 特殊殺人対策官 箱崎ひかり

身元不明 特殊殺人対策官 箱崎ひかり

 

石井「ファンがこんなこと言うのもなんだと思うんですけど、私、古野まほろが元警察官僚推しで売られる感じ、苦手なんですよ。本人も綾辻も有栖川も出版社も揃って〈元警察官僚が書いた異形の警察ミステリ!〉みたいな言い方してるのが気にくわない。今更そんな事言わなくても、〈古野まほろ〉って名前で買ってくれるファンはいっぱいいるよ!と」
白樺「何か読む前の情報としての〈推し〉がないと本は売れないってみんな思ってますからね。作者が芸人とか元自衛官とか」
石井「それは良いとして。最初はある種ベタな、破天荒なゴスロリ管理官と定年間際の無気力な刑事のバディポリスものなわけです」
白樺「型破りな若いのと達観してる老刑事って、『セブン』以降二億回くらい見たような」
秋好「でも、ベタだけど大きな外れはないですよ」
石井「その二人のやり取りはけっこう心地良いし、確かに元官僚だからこそ書けるんだろうなって警察の描写も読み応えあります。さすがにそこは長年いた空間を舞台にしてるがゆえの安定感だと思いますが。もちろん単に実体験の引き写しだけじゃなくて、ちゃんとフィクションも交えてるって、作者も特設サイトで言ってるし」
白樺「警察小説とかドラマとか、最近どんどんリアルになってるからね。例えば十年前は捜査一課のバッジ着けてる刑事なんて見たことなかったのに」
石井「それで、舞台は少しだけ未来の東京。東京オリンピックを前に開通した地下鉄湾岸線の沿線で連続猟奇殺人が起こります。で、これはネタバレかもしれないけど、話が進んでいくうちにこの作品は陰陽五行がモチーフになっていることが解るんですよ」
秋好「あれ、それって……」
石井「そう。だからたぶん本来、〈探偵小説シリーズ〉のスペシャル版として用意されたものを一部再利用してるんだと思うんです。この作品もトリックの解明とか犯人の特定とかは、〈捜査報告書〉って形で一気にバーッと出るような感じで。で、そこのロジックも、一つ一つは大体ヨードチンキの瓶みたいなお決まりのパターンなんですが、さすがにその組み合わせ方は有栖川エコールを標榜するだけあって、地味ながら綺麗にまとまってます」
秋好「昔から思ってたんだけど、有栖川エコールって作中に書くのだけはちょっと……」
白樺「あの、『エコール』って邦題のフランスのロリコン映画があるの知ってます?」
石井「(無視)ちょっとそういうところ、オタッキーすぎるよね。『星読島』とかでも言えることなんだけど、オタッキーなネタがこれ見よがしに出てくるオタクが書いた小説、正直あんまり好きじゃない」
白樺「解る!読んでてこっちが照れちゃうんですよね」
石井「そういう学生演劇も大嫌い!」
白樺「あー!大っきらい!!完全に内輪に向かってて一見さんお断りな感じ。身内だけではしゃぎたいんだったら芝居なんてやらずに家で鍋でもつついてろって思います。サービス精神とか、いろんな客を想定するみたいなのが欠けてる人、嫌いです」
秋好「(……過去に演劇部で何かあったのか?)」
石井「まあ有栖川エコール云々は別として、他のオタネタも天帝シリーズくらい過剰になると、寧ろ持ち味としてそれはそれで良いんだけど。……で、話を戻すと、探偵小説シリーズで、捜査資料は全部巻末にまとめて、いきなり推理が始まるってのがあったでしょ。あれの逆なんだよね。だから謎解きのケレン味とかカタルシスには欠けるんだけど、そこは実験でやってることだと思うのでその善し悪しだけを問うのも酷かなと。ただ、明かされる犯人像に関しては、それまで僕はこれを〈物語〉として読んでいたから、フェアはフェアなんだけど承服しかねるなって感じ」
白樺「それは、良い意味での裏切り、っていうんじゃなくて?」
石井「うーん。あんまり言うとネタバレになるから……。あと、最後に主人公の出生の秘密が何の伏線もなく唐突に語られるんだけど、それもちょっと興ざめだったなぁ」
白樺「でも石井君って、ボロクソに言ってるように見えて、けっこう褒めてるよね。『身元不明』も『RPGスクール』も、話聞いてみたら読みたくなったもん」
石井「基本的には面白いんですよ。ただ、読む前の期待値が高すぎたってのもあるから。『身元不明』も不可能犯罪は良いんですよ」
白樺「どんなのどんなの?」
石井「最初の死体は、アクアリウムが設置されてる駅で見つかるんだけど、アクアリウムの中に、〈他人の血液〉二リットルが入ったペットボトルと一緒に、耳を切られた女性の全裸死体が入ってるっていう……」
白樺「派手だね!それに完璧に合理的な説明がついたらすごいぞ」
秋好まほろ先生は相変わらずミステリファンが喜ぶ勘所をおさえてるなあ」
石井「トリックは地味なんだけど、それを解き明かすロジックはやっぱり良くできてる。あ、もう一個言わせてもらおうかな。まほろの手癖で、今回も日本を揺るがす大陰謀が出てくるんですよ。その陰謀がスケール大きすぎて、〈この事件には不釣り合いだろ……〉とは思った。〈リアルなものの中にいかに嘘を紛れさせるか〉みたいなことをまほろは言ってるけど、これはホラを吹くにもほどがある」
白樺「でも、ちゃんと論理的な整合性があってこそですけど、事件と背後の陰謀のバランスって、ちょっと崩れてるくらいの方がカタルシスありますよ。「紳士の園」とか」
秋好「まとめるといつものまほろだってことかな?」
石井「それと、連城三紀彦って人の新刊の連城三紀彦レジェンド』っていう……」

白樺「こら」
秋好「それはなしだよ」
石井綾辻行人が「依子の日記」と「親愛なるエス君へ」を選んでてさもありなんと思った」
白樺「あー。綾辻先生の書く短編って確かに、その二編のテイストが根底にあるような気がします。『フリークス』とかさ」
秋好「確かに『フリークス』はほぼ連城」
白樺「でも、こういう作家さんが選ぶアンソロジーって面白いですよね。その人の作家としての原風景というか、〈あーやっぱりこの人はこれ選ぶんだな〉みたいなのが見えて楽しいです」
石井「もう一作。『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』は、〈あー、ディックが好きなんだなぁ〉ってのは伝わった。あと、〈司書の女の子が好きなんだなぁ〉」

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

 

白樺「ほぼ共感を得ない相田みつを
秋好「『法月綸太郎の冒険』から続く司書への執着」
石井「これは多世界もののSFパロディじゃないですか。真っ当なハードSFだと思ってる人もブクログ見るといるみたいですけど、あのヨタ飛ばすとこは絶対ニヤニヤしながら書いてる(笑)」
秋好「「盗まれた手紙」とかもそうだけど、法月先生はニヤニヤと生真面目さのバランスがいいのよ」
石井「これは多世界を扱ってるので、思ったんですけど、もしかするとグリフィンは並行世界の法月綸太郎なんじゃないかなと。……以上です」
白樺「ええっ、それだけ?(笑)面白そうな考察が始まりかけたのに」
秋好「あとは『にぎやかな落葉たち』『夕暮れ密室』の話もしたい」
白樺「どっちも読んでます。じゃあ、『にぎやか』から行きましょうか」

にぎやかな落葉たち 21世紀はじめての密室

にぎやかな落葉たち 21世紀はじめての密室

 

秋好「別に、ミステリとしては特に文句ないですよ。密室の謎があって、丁寧な伏線があって」
白樺「ただ、うーん。この作品も、ちょっと善悪をはっきりつけすぎってウイークポイントはあるんですよね。殺された人たちがあまりに悪党で、犯人があまりにも可哀想って描き方」
秋好「あと、ミスリードを誘うような書き方がされてるんですけど、あまりにあざとすぎて誰も引っかからないんじゃないかっていう。元から犯人になりそうな人が●●人しか出てこないのに、ミスリードで逆にもうひとり消えちゃうキャラがいるから、フーダニットがほぼ機能してない」
白樺「誰かを悪い奴にした方が確かに読みやすくはなるんですけど、この作品に関してはちょっとその描き方は問題だなと思って。なんか最後で一般論的に、〈国も人も、いじめた方は忘れても、いじめられた方は覚えているのね〉みたいな話がぶち込まれるんですよ」
秋好戦後民主主義みたいな」
白樺自虐史観みたいな総括をするわけですよ。この話自体、スーパー大雑把に言えば、昔いじめてた奴に復讐する話なんですね。ただ、この話は加害者を全肯定しちゃうわけ。全肯定、って言ったら言い過ぎだけど、かなり同情的な書き方で。……そんな風に加害者を正当化してるこの小説と、登場人物たちと、そして読者は、この物語において虐げられた者を、事件の被害者をないがしろにしてませんか?と」
石井「作中で語られる〈正義〉が作中で全然達成できてないんだ」
白樺「作者の主義主張に共鳴できるできないじゃなくて、これに関しては明らかに作劇上のミスだと思うんですよ」
秋好「そういうところ抜きに、ミステリとしても多少不満はあって……さっき文句はないって言ったけど(笑)まず繰り返すと、フーダニットの興味はそれほどない。で、副題が「二十一世紀はじめての密室」というところからもわかるとおり、本作は密室推しなんですよ。……ただ、それもちょっと華にかけるきらいがあります」
白樺「震えたのが、けっこう重要なキーワードに、〈ある名家の秘密〉みたいなのがあるんですけど、ヒロインがその秘密に気づくきっかけっていうのが、その名家に別に関係ないおばあちゃんが、〈掃除してて見つけたんだけどこれ思い出の写真なのよ~〉って見せてくれた写真の背景にたまたま写り込んでたモノを見て、〈まさかこれが秘密の正体では!〉ってなるんですけど」
秋好「その通りなんですよね」
白樺「でも、そのおばあちゃんは事件には全然関わってないの。ヒントをくれたとかじゃなくて完全な偶然なんですよ。えーミステリでそんなのあり!?って」
秋好「でも、辻先生のミステリって、わりといつも隙はありますよね。その隙がまた魅力だったりするんだけど」
白樺「伏線はいろいろ張ってあるんですけど、こんな感じでちょっとびっくりするようなご都合主義を放り込んでくるんです」
秋好「たぶん、大きく見た中での整合性にそこまで関心がないんじゃないかな?」
白樺「確かに山風とかが完全にそうだけど、そういう整合性を気にしないからこそダイナミックな面白いエンターテイメントを書けるってのも間違いなくあるんですよ。ただ、ことミステリはそういう細かな帳尻合わせが大事だから。それから伏線の張り方がどうかなって話に絡めると、全体が伏線を拾って組み立てていく話だから、どうしてもストーリーが一本調子になっちゃってる感はある」
秋好「過去の事件に関わっている人が、なぜか都合よく全員この老人ホームにいるんですよ。別に犯人が選別してそうしたわけでもなく。テクストにおける近接の原理ってやつですね」
白樺「違います。……世界が狭いですよね。ウェルメイド目指して失敗した喜劇みたい」
秋好「あ、でも繰り返しますけど、そんな怒るような作品でもないんですよ」
白樺「この本って事件が起こるまでがびっくりするほど長いんですけど、その事件前の前振り部分のほのぼの感、なんか昭和の朝ドラみたいな雰囲気で、癒し感がよかったです。人が死ぬ話ばっかり読んでささくれ立った心に染みる。殺人事件起こらないでくれって願うくらい」
秋好「『にぎやか』はこれくらいにして、『夕暮れ密室』の話も。横溝正史ミステリ大賞を受賞した作者の、受賞の前年に最終選考まで残った作品を刊行したものです」

夕暮れ密室

夕暮れ密室

 

白樺「私のメモには〈出来の悪い麻耶雄嵩みたい〉って書いてますね」
石井「それすごい悪口だね」
秋好「途中、急に山口雅也の『奇偶』みたいになるのが面白かったです」
白樺「推理合戦ものなんですよ。まぁ、別にミステリファンでもない田舎の高校生が友達死んだからって我先に推理を繰り広げるのがリアルかどうかは別としてね」
石井まほろの悪口はやめてよ!」
白樺「〈あんな小学生いるわけねーだろ!〉っていう『さよなら神様』を大喜びで読んでた私には何も文句は言えませんよ。ただ、推理合戦の醍醐味って、前の人の推理が否定されながら、それをフィードバックして新たな推理が次々に提案されては潰れて、そのたびにどんどん新たな条件が増えて真相に近づいていく、そういう過程の面白さにあると思うんです」
石井まほろはその辺りの手つきはすごく上手いよね」
白樺「うん。だからこそ最後に明かされる真相は、例えば偶然が重なっていたり、誰かが嘘をついてたりして、推理合戦が始まった時点では見えていなかったものであるべきじゃないですか。みんなで議論を積み重ねる中でやっと辿り着けたってのが綺麗ですよね?」
秋好「まあ、良くできてると感じる作品はそうかな」
白樺「でもこの作品の密室トリックって、死体が見つかった五分後に誰かが言い出しても良いようなものなんです。特殊な知識も新しい情報も必要ないネタで。だから、なんで最後まで他の誰もこのトリック解けないんだよって。それは作者の都合以外の何ものでもない」
秋好「しかもこの密室って、作中で書かれてる登場人物たちの動き方じゃないと成立しないよね?そこを操ることは犯人には絶対不可能なのに。だったら偶然密室になったっていうお決まりのパターンなのかと思いきや、犯人は明らかに現場を密室にしようと動いている」
白樺「タイトルにもなってる密室はそんな感じでよく解らないんです。あと、細かい点なんだけど、作中で天文部の子が学校で夜中の0時まで観測していて目撃者になるくだりがあるんだけど、普通の田舎の公立校で、この時間まで生徒を残してるわけがないと思うんですよ。別に無断で忍び込んだとかじゃないんですよ?」
石井「それはでも、ご都合主義な目撃者は古今東西ミステリにはつきものだし」
白樺「まあね。もちろん褒めるところもあって、例えば●●●●のロジック。〈犯行時刻、その場所が真っ暗だった〉って一点から芋づる式に犯人が絞られるってくだりは綺麗でした」
秋好「ロジックは確かに綺麗。ただ、この作品もフーダニットは捨ててるよね。何人かの視点で順番に書いてるんだけど、目次で並び順を見て、プロローグを読んで、一人目の章を読むと、まぁこいつしかいないだろうと」
白樺「章の並びがすでにね。歌野晶午先生の『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を思い出しました。あの作品は、登場人物一覧と目次の章題を見るだけでおぼろげにどんなトリックが仕掛けてあるのか解っちゃうんですよ(笑)」
秋好「はっ!無意識に『ミステリー・アリーナ』に出てくる擦れたミステリオタクみたいになってしまった……」
白樺「あと、青春ミステリで高校が舞台じゃないですか。同世代のリアル演劇部員として言いたいんですけど、学祭の演劇でシェイクスピアっていつの時代のセンスなんだよ!80年代少年サンデーのラブコメかと思いましたよ」
石井「僕が中学の時、リア王やってた学校ならあったよ」
秋好「『幕が上がる』もそうでしたね。ロミオとジュリエットやってたよ。そういうものかと思ってたけど」
白樺「えー。あるのかな、意外といまだにシェイクスピア。高校演劇の名作コメディで『贋作マクベス』ってのはありましたけど。……あとなんか、全体として地味というか、馬鹿さを狙ったはずのダミートリックさえ華がないんだよね」
秋好「華がないというのは今回のキーワードかもしれませんね」
白樺「どれも物語の中間が平坦だったり、事件が起こるまでがスロースタートだったり。あと、これは〈善悪決めつけすぎ問題〉とも通じるんだけど、何人キャラが出て来ても、主人公とその周りの二、三人しか満足な書き込みがなされてないから、物語自体がどうでもよくなってたり、フーダニットとして破綻してたり」
秋好「そう考えると、『絶望的』は華がありますね(笑)」
白樺「あと気になるのはさ、どいつもこいつも喋ってると急に格好良い例え話を始めるんですよ。なんなんだこの人たちって面食らっちゃって」
石井「キャラクターの痛さを表現してる〈あえて〉のものじゃなくて?」
白樺「いや、〈痛い〉とされてるキャラが言ってるならキャラ描写だけど、全員言うじゃないですか。ロック少年も秀才君もみんなが憧れてる美少女もみーんな突然、格好良い例え話を始めるの。キャラがみんな同じ人に見えるんですよ。作者の投影なのかな?」
石井「全員クローンみたいな」
白樺「そうですよ、クローンしかいない島で事件が起こるんですよ。もうほぼ『ルパン対複製人間』ですよ」
石井「そう言うと面白そうだな」
秋好「第二章の語り手だっけ、ロックの人。この人の語るロックっていうのが全然見えてこない。なんかね、コントの〈痛いロッカー〉ってキャラみたいな感じなの。なんでも音楽に例えたり、唐突に夢について語りだしたりして〈うわー〉ってなるみたいな。完全にイメージだけど、フルーツポンチとかがやってそうな」
白樺「作中の名台詞引用しますね。〈ライブでは70年代の偉大なパンクスが俺の身体を乗っ取る〉」
石井「うわー(笑)」
秋好「あれ?面白いぞ(笑)あとこれは個人的に最近のトレンドだと思うんですけど、青崎先生とかもそうなんだけど、学園を舞台にしてるわりに、痛みというか、自意識が希薄。自意識との距離の取り方がうまいから、あまり青春ミステリって感じがしないんだよね。僕の言う自意識っていうのは、『密閉教室』とかの自意識なんですけど」
白樺「ああ……」
石井「『夕暮れ』『星読島』『にぎやか』の三作って、話聞いてるとなんとなく系統が似てるのかな。ロジックは小器用にまとまってて、伏線もちゃんと張ってあって、でもキャラクター描写や善悪の置き方のバランスがどこか崩れてて、全体として読んでて上手く〈乗れない〉みたいな」
秋好「綺麗なんだけど、ワクワク感みたいなのはあまりなかったかな。でも、ネットの評判とか見る限り、この三作は今年の上位作ですよ」
白樺「えー?今年は豊作の年だからって始まったのに、そんな風に言われちゃうと〈全然不作じゃん!〉ってことになっちゃいますよ」
秋好「いや、去年一昨年より話題作は多い印象ですけどね」
石井「白樺先生は去年、新刊を『満願』と『さよなら神様』しか読んでないから……」
白樺「その二作で満足しちゃって完全に豊作の年だと思い込んでました。飽食を反省しました(笑)でも、箸にも棒にも引っかからない作品で、最初から一ミリも期待してなかったら、ここまで語るほど怒りもしませんからね。面白いところもあるのになんでそんな風にしちゃうの!みたいなもどかしさが我々を酷評に駆り立てるんですから」
秋好「そろそろ時間もないから、駆け足で褒めて良い?」
白樺「はいはい」
秋好「ベスト5に選出しなかった作品でいちばん面白かったのは、深木章子『交換殺人はいかが? じいじと樹来とミステリー』。この人はいつもはわりとシリアスめな作品を書く人なんですけど、今回はライトミステリです。話のベースは『退職刑事』みたいな感じで、定年した刑事のお祖父ちゃんのところに小学生の孫が遊びに来て、この孫は作家志望だからじいじの話を聞きたがるんです。〈密室殺人って本当にあるのー?〉とか。そういう形で、本格のガジェットをいくつか取り上げた連作短編集です。もちろん、どれも孫に聞かせるような話じゃない」

交換殺人はいかが? じいじと樹来(じゅらい)とミステリー

交換殺人はいかが? じいじと樹来(じゅらい)とミステリー

 

白樺「でしょうね(笑)」
秋好「小学生相手にけっこうドロドロした田舎の因習の話とかしちゃうんだけど。お祖父ちゃんが語る話はどれも未解決だったり、自身が納得していなかったりと遺恨の残った事件なんですよ。で、それを聞いた孫の樹来ちゃんが事件を解く」
白樺「孫が!?」
石井「退職刑事じゃなくて〈就職前刑事〉だ(笑)」
秋好「派手さはないんだけど、出来はかなり良い。法月綸太郎の交換殺人ネタをさらに煮詰めたような表題作や、双子ネタの変奏的な「ふたりはひとり」など、現代本格としての達成度はかなりのもの。ただ、キャラへの違和感が最後まで拭えなかったのでランク外ということで。あと褒めるとしたら、河合莞爾の『救済のゲーム』。これはゴルフミステリです」

救済のゲーム

救済のゲーム

 

白樺「珍しいね」
秋好「エンタメとして、ゴルフ小説としては抜群に面白かった。前シーズンに奇跡的な勝ち方をしてそのまま引退した伝説のゴルファーがいて、舞台はその翌シーズンのトーナメント。主人公は無難に勝ってもつまらないって質のゴルファーで、トリッキーなプレーを連発する人です。キャラ的にはいかにもな奇矯な名探偵って感じで。そして大会前日の夜、十八番ホールのピンフラッグに串刺しになって雷に打たれた死体ってのが見つかって」
石井「良いね、華があるね」
秋好「しかもそれがインディアンの伝説の見立てにもなってるっていう。それとリンクして、去年の伝説の試合に隠された謎も追っていく。でも始まると、ゴルフやってるシーンの方が面白いんですよ。書き方は本格なんだけど、伝説のゴルファーの謎を追うところとか、主人公がトリッキーなショットを連発するくだりの方が殺人事件の謎より楽しい。それから、ゴルフミステリつながりで平石貴樹『松谷警部と三ノ輪の鏡』。事件自体なにも覚えてないくらい地味なんだけど、平石貴樹はやっぱりクイーン派ですから、細かい伏線のつなぎ方と、そこから現れる意外な構図、みたいなテクニックは上手い。キャラもほんわかしてて……あ、ほんわかしてるわりに事件はじめじめしてるんだけど」

松谷警部と三ノ輪の鏡 (創元推理文庫)

松谷警部と三ノ輪の鏡 (創元推理文庫)

 

白樺「キャラクターと事件のバランスがおかしいって問題も、なんだか今回何度も浮上しましたね」
秋好「面白いんだけど、うーん。一位に推す感じではない」
石井「ミステリある程度読んでる人にしか解ってもらえないタイプの面白さなのかな」
秋好「これは三作目で、松谷警部シリーズはどれも面白いんだけど、ツイッターとか検索しても、褒めてる人と〈何が面白いの?〉って人に完全に分かれていて。あまりにも地味すぎるのかな。でも、去年の二作目が本ミスでランクインしてますし、評価されてるシリーズではあります。それから、〈本格だと思わないで読んだら意外と本格として面白かった枠〉というのがあって、去年のこのミス大賞の優秀賞を取った辻堂ゆめ『いなくなった私へ』

いなくなった私へ (『このミス』大賞シリーズ)

いなくなった私へ (『このミス』大賞シリーズ)

 

白樺「確か東大生で在学中デビューって人だよね?」
秋好「話としては青春ミステリですね。主人公のアイドル歌手がある日、前夜の記憶を失ってゴミ捨て場で目を覚ましたら、急に周りの人たちが自分のことを認識してくれなくなるの」
石井「いきなり『異邦の騎士』みたいな始まり方をするんだ」
秋好「で、唯一自分のことを認識してくれる大学生のバンドマンに出会って、事情を話して〈何が起こってるんでしょうか?〉って訊いたら、自分が自殺したことになってると知るんですよ」
白樺「それってなんか、街ぐるみの巨大な陰謀みたいな話なの?」
秋好「いや、途中でわかってくるんだけど、本当にそういう異常な現象が起こってる。ミステリ的に解決される仕掛けがあるとかではなくて」
石井西澤保彦作品みたいな特殊ルール本格なんだ」
秋好「まさにそれ。前の晩に何が起こったのかっていうのを探っていって、その流れの中でバンドしようぜ!みたいなエピソードがあったりして、爽やかな青春小説になっていく……と思ったら、最後に明かされる真相は、意外と設定されたルール内で綺麗に完結するんですよ」
白樺「で、ちゃんと意外性もあって、と。一度SFに振り切ることで、〈ああこれは厳密なミステリではないんだな〉と読者を油断させる狙いがあるわけですね」
石井「〈本格ですよ!〉って喧伝しちゃうと読者も身構えるから、本格だと思われないように書くっていうのもテクニックかもね」
白樺「本格だと思って読んだら酷い目に遭う作品もありますからね」
秋好「『いなくなった私へ』は着地しないと思ったら着地するけど、『あぶない叔父さん』は着地すると思ったら着地しなかったからね」
白樺「「密室荘」とか『化石少女』の最後とか、麻耶先生の単行本書き下ろしの最後の短編っていつもは全体のまとめというか、それでちゃんと締めくくってくれるじゃないですか。でも今回は……」
秋好「あれをわざわざ書き下ろしてるところが麻耶先生の凄さであり怖さですよ」
石井サイコパスかな?」
白樺「一応、話としてはあれなのかな?その後に起こるだろう惨劇の反復を予感させながらも、カオスを収束させる名探偵が不在の世界ではこの終わりなき日常が続いていくよっていう……」
秋好「怖いよー(笑)」
石井「で、信者がまた深読みして喜ぶっていう。麻耶教の闇は深い」

あぶない叔父さん

あぶない叔父さん

 

 白樺「あの、信者が喜んでる作品つながりってことで、私は読んでつまらないどころか本気で作者に腹を立ててるんですけど、ツイッター上でもamazonでもほとんど悪評聞かなくてみんな褒めてるのが本当にしゃくに障る作品が一個あるんです。その悪口を言うために今日来たんですけど良いですか?」
秋好「なんですか?」
白樺「××××の『××××××』です」
秋好「あー……そこ批判するのはあまりにリスキーなので禁止です」
白樺「ここまで散々悪口を重ねてきたのに!」
石井「白樺先生が一人で悪口言って一人で炎上してください。それでは皆さんさよ~なら~」

 

そんなわけで、オススメ作品有り、オススメしない作品有りの新刊ランキング座談会【中間報告】はこれにて終了!乱戦の上半期を経て、下半期の終盤戦にはどんな名作・迷作が私たちを楽しませてくれるのでしょうか?
録音は全4時間にも及んだ今回の座談会。読んでくれた皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!また(忘れてなければ)12月くらいにお会いしましょう!